いつでもにほんのことば

2008年9月23日 (火)

源氏物語千年紀

  今年はボサ・ノヴァ生誕50周年にあたる年だとは、前にも申しましたが、

今年はなんと!

「『源氏物語』がこの世に誕生してから千年」という年でもありますshine

正確には、

「『源氏物語』がこの世に存在しているということを示す最も古い史料が西暦1008年のものであって、そこから千年」ということです。

2008923_01 全国各地で記念イベントが催されておりますが、今日はその一つ、横浜美術館の特別展「源氏物語の1000年」に行ってまいりました。

祝日ではありましたが、到着した時間が早めだったためか、さほど混雑も感じずにゆっくりと見て回ることができました。至福~lovely

  

  それにしても、かえすがえすも悔しきは、「枕草子」ではこれほどの大騒ぎはしてもらえないんでしょうねえ~、ということ。

ましてや、「更級日記」に至りましてはね~。

「源氏物語」には、、、妬けます。

  

  ま、それはいいとして happy02 (いいんだsweat01

2008923_02   

  私にとっては久しぶりの横浜。

高い高い青空と海風とを堪能してまいりましたよ!

カメラを持っていかなかったことが悔やまれます。

  

  帰りには、ちょっとお茶を飲めるところを探し、

JR桜木町駅をはさんでみなとみらいとは反対側の野毛のほうを、ぶらぶら散策してまいりました。

2008923_03 そして迷い込んだ(?)のがこちら、

桜木町ぴおシティ」。

初めての場所のはずなのに、(以前来たことがあったかも。。。)と、なんとなく懐かしい気持ちにさせてくれた地下街でした。

こちらもまた、本日の大収穫sign03

  

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2007年9月25日 (火)

十五夜さま

  今日は陰暦の8月15日、「十五夜さま」です。

2007923_01   

  六本木の背の高~いビルの53階でも、

このようにお月見の仕度が~(・∀・)

  

  そして、このページ左に住んでいるキョーコルも、

2007920_01 このように先日来なにやらそわそわと。。。(^^;

(で、結局、一句できたのかどーか??)

  

  肝心のお天気はどうなるのでしょう…。

ここ東京では、“中秋の名月”が姿をあらわしてくれるかどうかという雨空の朝を迎えていますが、

月の出の頃までには、どうにかなりそうですヽ(*´▽`*)ノ

  

  十五夜さまの夜に月へと帰ったかぐや姫は、

もしかしたら、その夜の晴れないことを願っていたのかも…。

いえ、晴れないということは、アリエナイことだったんでしょうね。

天人たちが降りてくるためには、

ぐいいと路をあけるくらいのことはしたのでしょうから(T-T)

   

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2007年4月14日 (土)

ことばの生き死に

  「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん) 

宋の詩人・蘇軾(そしょく)の絶句「春夜(しゅんや)」からの一節です。

「春の宵の風情の美しさは、そのほんの短い時間が千金に値するほどすばらしい!」といっているわけですが…

さて、この「」という語をきいて、何時ごろを思い浮かべられるでしょうか(^-^)?

ひとことで言えば、「夜」で差し支えないのでしょうが、「」とは、夜は夜でもまだ浅いうちの、日が落ちてから深夜に差し掛かる前の時間帯をあらわします。 

  

  このたび、天気予報の用語から「宵のうち」という語が消えるそうです。

宵のうち、小雨が降るでしょう」ときいて、それがいつ頃を指すのかわかる人が少なくなってしまったら、予報が意味をなさなくなりますものね。

予報の用語としては、「午後6~9時」頃を表すために用いられていたこの「宵のうち」。これからは「夜のはじめごろ」という、なんとも趣のない、わかりやすい(?)語に改められるのだとか…。

予報用語から外されることが、イコールこの語の消滅というわけではありませんが、これはひとつの危険信号と思わなければなりません。

  

  ことばは生きています。そして、遣われてこそ、生きながらえていきます。

誰からも忘れられてしまい、遣われる場がなくなってしまったら、そのことばは死んでしまいます。

つまり、ことばに息を吹き込むことができるのは、それを遣う私たちなのですね。

新しいことばも次から次へと生まれ出てくる今日この頃ですが、脈々と遣われ続けてきた美しいことばを失ってしまわないよう、ぜひとも大事にしていきたいものです。

   

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2006年9月26日 (火)

今度は北へ(3) ―山寺・のぼり

  さあ、前置きは充分(笑)!

あとはどんどん上るばかりです!

  

2006924_yamadera_06   10:48 山寺 登山口。

   

  

  

  

  

  

  

2006924_yamadera_07   またどんどん行っちゃうし~(^△^;

   

  

  

  

   

  

  

2006924_yamadera_08   10:51 「根本中堂」。

  重要文化財です。

  堂内には、比叡山から分けられたという「不滅の法灯」が輝いています。信長の焼き打ちで延暦寺を再建した折には、逆にこちらの立石寺から延暦寺に灯が分けられたそうな。

   

  

  

2006924_yamadera_09   10:56 「芭蕉句碑」。

  刻まれた句は、ご存知、

  「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」

  

  

  

  

  

2006924_yamadera_10   芭蕉と曾良の像も出迎えてくれます。

  

  

  

  

2006924_yamadera_12   鐘楼の脇にある案内図。

  目指すは「奥の院」。がんばりましょー!

  

  

  

2006924_yamadera_11   11:02 立石寺「山門」。

  入山料を納めて、さあ、いよいよ上ります。

  手に持っているのは、

  名物「力(ちから)こんにゃく」。

  

  

2006924_yamadera_13   放っておけばどんどん行っちゃう。

  記録係としては、あえて遅れて下からこんな写真も撮ってあげたい。

  でも、この距離を大声で呼んで振り向かせるのは、ちょっと恥ずかしかった…(- -*

  11:09。

   

  

   

2006924_yamadera_14   11:13 「せみ塚」。

  杉木立の中にひっそりと。

  

  

   

  

2006924_yamadera_15  11:20 「仁王門」。

  このあたりまで上るとだいぶ視界が開けてきます。

  

  

   

  

   

2006924_yamadera_16_1    このとおり!

  下りるときには、この写真の右手に見えるお堂の辺りにもまわってみたいです。

  

  

2006924_yamadera_17   「奥の院」に着く時には、ぜひ前から回りこんで撮ってあげたいものです。

  最後は母の横をダッシュで通り越し、先に到着して、見事上ってきた母をぱちり。

   

  

2006924_yamadera_18   11:30 「奥の院」。

  

  恥ずかしながら最後のダッシュで息の荒くなっていた私。それを見たときの母の嬉しそうなことといったら!

「奥の院」にお参りを済ませた後、美しい風景を見晴らしながら、母は叔母やら叔父やらにケータイで山寺登頂?!の報告をしておりました。

言うに事欠いて、「あたし?平気平気。恭子ちゃんのほうが息きらしてるわよ~(^▽^)」と得意げに語っておりました。あんまりだ(T-T)とは思いましたが、(こんな比較の対象におとなしくなってあげることもひとつの親孝行か…。)と、ぐっとこらえた私でありました~( ̄▽ ̄;

   

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2006年9月14日 (木)

西へ南へ(17) ――「せごどん」

  鹿児島といえば、西郷さん!ご当地では「せごどん」。

2006811_segodon_01_1   その「せごどん」が、西南戦争の時に最後の5日間を過ごした「西郷洞窟」を訪ねました。

西南戦争の最後の激戦地となった城山というところの、展望台から坂道を10~15分ほど歩いて下ったところにそれはありました。

2006811_segodon_02   「せごどん」の大きな像と、中では展示も行われている洞窟、記念撮影用に置かれた日付の入った看板とベンチ。

「この洞窟こそが…!」と、どれほど感慨深かったことでしょう。

  さて次の場所へ、とお土産やさん前の停留所で路線バスの時刻表を見ると、まだ10分ほどありました。

そのバスを目指してか、停留所にはどんどん人が集まってきます。でも…、(どうしてあちらから??)と思うような方向から…。

  

  徒然草の第五十二段に「仁和寺にある法師」の話があります。

仁和寺の法師があるとき岩清水八幡宮というお宮に一人でお参りに行き、山のふもとの神社や仏閣を拝んでまわります。山の上から人がたくさん下りてきたのを見たそうですが、(自分はお参りに来たのであって、山には興味がない。)と帰ってきてしまったのです。「なぜみんな山に登っていたんでしょうね。」と語る法師。
ところが、実はその山の上にこそ、岩清水八幡宮はあったのだという話です。

   

  そんな話をふと思い出しまして、大勢の人の来る方向に何があるのか確かめたくなり、バスの時間を気にしながらも行ってみました。

 …すると!

2006811_segodon_03   

先ほどの洞窟からお土産やさんをはさんで反対側にひっそりとあった、

こちらこそが、「西郷洞窟」だったのです!!

   

2006811_segodon_04    

確かに…そうです。

ああ~、よかったです。勘違いしたまま帰らなくて。

  

  徒然草第五十二段の話は、

「少しのことにも、先達(せんだつ・せんだち)はあらまほしきことなり。」

と結ばれています。そう!ほんの小さなことにでも、案内してくれる専門家はほしいものです。

  「西郷洞窟はこちらですよ。」と教えてくれた人がいたわけではないけれど、私の場合、このおっちょこちょい?の「仁和寺の法師」こそがある意味「先達」だったというべき…?!(T人T)

    

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2006年8月27日 (日)

夏まつり

  この土、日は、夏から秋にかけて時折ご披露するオリジナル「夏まつり」のイメージモデルとなっている(←こんなふうに言うとえらく大げさである(^▽^; )、近所の神社さんのお祭りです。

2006827_01 今年の1月29日1月30日の記事でご紹介した「ダイアモンド富士」の臨める富士見坂を上って出かけていきました。

夜店の風情を満喫するには少し早いかなと思われる黄昏どき。

坂を下りてくる人たちの顔もはっきりとは見づらく、「黄昏」の「誰(た)そ彼(あの人はだれ?)」という語源を思い起こさせます。

2006827_02_1   

ややや!!!

なにやら面妖な風船?を背負った方を発見。うーむ。誰そ彼…。

   

2006827_03_1   

あたりはだんだんと暗くなり、縁日の賑わいも酣に。

露店の軒先の白熱の灯の美しさに魅せられながら、家路につきました。

おみくじは、「吉」。

   

     

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2006年8月23日 (水)

しょしょ

  今日は二十四節気のひとつ、「処暑(しょしょ)」。

これは自分としてはあまり聞きなれない言葉なので、「しょしょ」と聞くとついつい孟浩然(もうこうねん)の詩、「春暁」に出てくる言葉が浮かんでしまいます。

  

   春暁   
           孟浩然

春眠不覚暁 (春眠暁を覚えず)

處處聞啼鳥 (處處啼鳥(ていちょう)を聞く)

夜来風雨声 (夜来風雨の声)

花落知多少 (花落つること知る多少)

  

2行目の最初の「處處(しょしょ)」、これが思い出されてしまうのです。

  

  この詩の出だし「春眠不覚暁」はあまりにも有名ですね。

全体としては、

「春の眠りはたいへんここちよくて、いつ夜が明けたのか気がつかないほどだ。
あちらこちらで鳥の鳴く声が聞こえる。
昨夜は雨風の音が激しかった。
花がいったいどれくらい散っただろうか。(さぞやたくさん散ったことだろう。)」

という意味になります。「處處」は「あちらこちら」です。

  どうしてこの語がこんなにも強い印象に残っているかというと、1行目だけをそれでひとつの完成した格言であるかのように思い込んでいた期間があった後、2行目以降を知ったからでしょうね。

「處處~」で始まる続きがあったことに驚いたものですから…。

  

  二十四節気の「処暑」は、そろそろ暑さもおさまり、朝夕の風には秋の涼しさも感じ始められようかという頃を意味します。

2006822   そんな「処暑」の日、「處處」から聞こえてきたのは鳥の声ならぬ、蝉の声。

みんみんぜみも、あぶらぜみも、ひぐらしも、声を限りに混ざり合っての、大合唱でした。

この殻から飛び立ったせみも、さっそくに加わっていたことでしょう。

     

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2006年8月 4日 (金)

土用 二の丑

  チャカチャンチャンチャンチャンチャンチャン チャカチャカチャカチャカ チャンチャカチャンチャカチャン チャカチャンチャン チャカチャカチャカチャカチャ~ン

あ、小○太夫じゃないですよ。

なつかしの、「東京行進曲」!!\(^O^)/

  む~か~し~ こ~いし~ ぎ~んざのやなぎ~

  

200684_01   先日、銀座に映画を観にいってきました。

  シ~ネ~マ~ み~ましょ~か 

  お~茶の~み~ま~しょ~か~

(注:これは歌の4番。舞台は新宿。)

とばかりに、映画の後でお茶をしていると、ガラス窓の外の柳が、きらきら、ゆらゆら、とてもきれいだったので、「外へ出たら柳の写真を撮ってもいいか」と連れの男性に尋ねたところ、

200684_02 「いいよ。どじょうはいないだろうけど(^-^)」と。

な、な、なんだかキマっているのだかいないのだかビミョーですが((((^△^; なんとか粋な返しをと考えてくれたところがグーヽ(*´▽`*)ノ

  

  さてさて、今日は、

  どじょう丑の日、ウナギの日!

じゃなくてじゃなくて (/o^)/(/o^)/(/o^)/

  土用丑の日、ドジョウの日!

じゃなくてじゃなくて (/`θ´)/(/`θ´)/(/`θ´)/

  土用丑の日、ウナギの日!

  

東京はいちだんと厳しい暑さの一日になりそうです!

皆さまどうぞお身体にお気をつけて(^-^)

     

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2006年8月 1日 (火)

すさまじきもの

  古典文学の中で使われることばの中には、今の私たちには馴染みのないものがあります。

例をあげれば、「うべ(むべ)」(=なるほど・もっともな)、「かまびすし」(=うるさい)など。

でもそれはそれで、こちらも“知らないことば”として身構えてかかりますから、ある意味安全といえば安全。

  問題なのは、同じ言葉に見えながら昔と今では意味の異なるもの。

それが一番厄介かもしれません。

  たとえば、「すさまじ」。

今でも「すさまじい」ということばは使いますよね。「恐れを感じさせるほどである。ものすごい。程度がはなはだしい。」というような感じを表す場面が多いでしょう。

ところが、それをそのまま古典の解釈に持ち込み、「『すさまじ』ならわかる、わかる。」とばかりに油断してかかると、誤ってしまうことがあるのです。

古語としての「すさまじ」は、「その場にそぐわない様子でつまらない。興ざめである。」というような意味で用いられているからです。

今風にいえば、「なんとな~くしらけてみえる。」という感じでしょうか。

  

  清少納言の「枕草子」に「すさまじきもの」という章段があります。「枕草子」によくある“ものはづくし”のひとつです。そこでは…

  「昼吠ゆる犬。春の網代(あじろ)。三、四月の紅梅の衣(きぬ)。牛死にたる牛飼い。乳児(ちご)亡くなりたる産屋(うぶや)。…」

など、彼女の感性からみた「すさまじきもの」が連ねられています。

「網代」は秋から冬にかけて設置する魚採りのしかけ。「紅梅の衣」は春の初めにふさわしい着物の色目の合わせ方。ですから、「春の網代」も「三、四月の紅梅の衣」も季節を外れているわけですね。

お産のための部屋からは、やっぱり元気な赤ちゃんの声が響いてこなくちゃ…、と残念に思う気持ちもあらわれています。

200681_himawari_1   

  そんな厳しい美意識を持った彼女からすれば、こんなのは真っ先に「いとすさまじ!」と言われそう。

 「八月の朝、曇天の下の向日葵」

  でもね、「お日様なんぞ出ていようがいまいが構うもんか!」と言わんばかりに、毅然たる風情で咲き誇っていた姿は、なかなか迫力がありました。

―― “すさまじい”までに。

    

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2006年7月 6日 (木)

「サラダ記念日」

  「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

                          俵 万智

  

という表題作も有名な、俵万智さんの第一歌集「サラダ記念日」が発表されたのは、私が新任の教員だった年でした。

当時俵万智さんも、同じ国語科の現役の教師でいらしたので、強く興味をひかれて手にとったのを覚えています。

  斬新な読み口はもちろん、なかでも、赤裸々なまでにご自分の恋を歌われたものには度肝を抜かれました。多感な年頃の生徒さんがたの目には、どんなふうに捉えられたことでしょうか。

  教師の恋愛自体はもちろんいけないことではないのですが、自分としては当時、やはり何かと気を遣ったものです。在校生の出歩くところには限りがあるでしょうが、卒業生ともなったらどこでどんなふうに遭遇してもおかしくありません。新宿や渋谷は要注意。デート中はいつも周囲に気をつけていて、生徒の姿を見つけて「あ!」と慌てて隠れたことも何度かありました。

  今でも思い出して苦笑してしまうのは、ある日、同じ喫茶店に卒業生がボーイフレンドと連れ立って入ってきてしまったときのこと。

そのとき私は深刻な別れ話の真っ最中だったのですが、そんなときでも悲しいほどちゃんとレーダーが働き、卒業生の姿を発見するやいなや、別れ話の相手に協力を要請?し、見つかる前にそ~~~っとお店を出たのでありました。まったくもってムードのかけらもありません。

  そんなことにばかり腐心し続けてきた身としては、歌集中に素直に描かれる恋もようには本当にびっくりさせられたのです。

  

  「サラダ記念日」の中には、「恋愛の歌はやめてくれないか。」と心配する、作者の父君の姿も登場します。

父親として娘の恋愛に気をもんだものか、はたまた、そういった作品が世に出ることで、娘が世間の好奇の目にさらされるのを危惧したものか…。

  

  いずれにしろ、やはり恋の歌というものは何かと物議を醸すようでございます。

   

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