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2006年9月の記事

2006年9月28日 (木)

今度は北へ(5) ―山寺~松島~帰京

2006924_yamadera_27   山寺のふもとのお店で、このようなお料理を前にしての思案――。

①10分でかきこみ、山寺駅から仙台への快速に乗れば、遊覧船の運行時間内に松島に着ける。

②ゆっくり味わいたいと思うと、その次の1時間後の電車になり、しかもそれは各駅停車ときているので、仙台を経て松島に着く頃には遊覧船は終わっている。

いやこれは、もちろん②でしょう\(^O\)(/O^)/

といいますか、もともとこんなメニューを頼んだ時点で①はどこか行っちゃっているというもの。二人とも松島の遊覧船には乗っているので、それほどこだわってはいなかったのかもしれません。

菊の酢の物、芋煮、、栗ごはん、(プチ)板そば(もどき)、お新香。至福ヽ(*´▽`*)ノ

その名も、「芭蕉御膳」でした。

  

2006924_matsushima   仙台で乗り換えて、松島には16:30に到着。

  暮れなずむ松島湾を眺めながら、そぞろ歩き、そしてお土産の買い物をしました。

  

  この日は朝の6:34に上野を発ち、山形~山寺~仙台~松島~仙台、そして仙台からまた新幹線で上野に帰り着いたのが23時過ぎくらいだったでしょうか。

出来てしまうものですね、日帰りのプチ東北旅行。

  決して「旅行好き」というほどではないのですが、行ってみたい場所はたくさんあります。

「一度行ってみたい!」と思う未知のところもあれば、「また行ってみたい!」と再訪の機会を窺っているところもあります。

  山寺は、これからも何度でも行ってみたいところのひとつ。

今回、山寺のふもとのお茶屋さんで聞いたことでちょっと気になることがあったので、それが調べられ次第またご報告させていただきますね(^-^)

  

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2006年9月27日 (水)

今度は北へ(4) ―山寺・くだり

  「で、ここまで何段だった?」

奥の院前で各方面への電話を終え、母が私にききます。

  「知らない。数えてない。」

  「えーーっ!数えるもんでしょ、こういうときは。」

  「そんなの数えなくたって、いろんなとこに書いてあるよ。約千段だよ。」

  「約じゃだめ。書いてあるのもだめ。自分で数えてこそ意味がある!」

… (- -; ジャア ジブンデ カゾエタラ イイジャアナイデスカ …

  

  下りで数えれば?とは思うものの、下りはちょっと横道に寄って(のぼりの写真中の)、「五大堂」という山寺随一の展望台を回っていくので、のぼりとは一部道が異なるのです。

2006924_yamadera_19   さあさあとにかく、目の前のこのような素晴らしい眺めを満喫しながら下りましょう。

  

  

  

2006924_yamadera_20   左手には、これまたものすごい場所に点在するいくつかのお堂のようなものがみえます。

  このあたりが「釈迦ヶ峰」と呼ばれるところ。

   

    

  

  

2006924_yamadera_21   危険なので、修行者以外は立ち入ることができません。

  案内図にある「胎内くぐり」とか、「胎内堂」とか、その名を聞いただけでも深遠な意味がありそうで興味をそそられる場所には、一般人は近寄れないということです。

   

   

2006924_yamadera_22   と、いってる間に母は五大堂へと向かう、右手の段々をのぼっていきます。

「待ってぇ~~。」と追いつき、追い越し、五大堂を見ると、舞台のように斜面からせり出した構造になっています。

  「中に入ってここへ出てきてよ。撮ってあげるから。」

と母に提案し、母だけ堂の中へ。

  

  

2006924_yamadera_23   道で待つ間にあたりをきょろきょろすると、奥へと続くほうにこのような立て札を発見。

これより先は 修行の場所につき 危険ですので 一般客の登山を 禁止します。 立石寺

なるほど。随所に、「ここまで!」があるらしい。

  

  母がいつまでも出てこないことにふと気づき、堂の中に探しに入って見ると…

  

2006924_yamadera_24   また“お友達”ができていた。

  ま、これはこれでめでたい。。。(^ ^;

   

  

  

  

2006924_yamadera_25   お話のひと段落つくのを待ち、舞台に呼び出し、ぱちり。

  なんだかんだ言って、この1枚が本人の一番のお気に入りになったもよう。

  

  この後はひたすら段々を下ってまいりました。…が…

すれ違うのぼりの皆さんに励ましの声をかけかけ、下る母。

なんでも、「あたしがのぼる時には、下りてくる人が誰も声をかけてくれなかった。だからかけてあげるんだ。」とのこと。ほう。。。ますますもって、元気である。

  かくして、13:05 登山口に到着。

往復2時間17分。まずまずでしょう(^-^)

  

2006924_yamadera_26   最後に、これがこの旅行での唯一のツーショットです。

ふもとに着いての母のひと言。

  「スカートの人は、あなたのほかに1人しかいなかった。」

… 段々は数え忘れても、それは数えてたのですか。。。( ̄▽ ̄;

    

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2006年9月26日 (火)

今度は北へ(3) ―山寺・のぼり

  さあ、前置きは充分(笑)!

あとはどんどん上るばかりです!

  

2006924_yamadera_06   10:48 山寺 登山口。

   

  

  

  

  

  

  

2006924_yamadera_07   またどんどん行っちゃうし~(^△^;

   

  

  

  

   

  

  

2006924_yamadera_08   10:51 「根本中堂」。

  重要文化財です。

  堂内には、比叡山から分けられたという「不滅の法灯」が輝いています。信長の焼き打ちで延暦寺を再建した折には、逆にこちらの立石寺から延暦寺に灯が分けられたそうな。

   

  

  

2006924_yamadera_09   10:56 「芭蕉句碑」。

  刻まれた句は、ご存知、

  「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」

  

  

  

  

  

2006924_yamadera_10   芭蕉と曾良の像も出迎えてくれます。

  

  

  

  

2006924_yamadera_12   鐘楼の脇にある案内図。

  目指すは「奥の院」。がんばりましょー!

  

  

  

2006924_yamadera_11   11:02 立石寺「山門」。

  入山料を納めて、さあ、いよいよ上ります。

  手に持っているのは、

  名物「力(ちから)こんにゃく」。

  

  

2006924_yamadera_13   放っておけばどんどん行っちゃう。

  記録係としては、あえて遅れて下からこんな写真も撮ってあげたい。

  でも、この距離を大声で呼んで振り向かせるのは、ちょっと恥ずかしかった…(- -*

  11:09。

   

  

   

2006924_yamadera_14   11:13 「せみ塚」。

  杉木立の中にひっそりと。

  

  

   

  

2006924_yamadera_15  11:20 「仁王門」。

  このあたりまで上るとだいぶ視界が開けてきます。

  

  

   

  

   

2006924_yamadera_16_1    このとおり!

  下りるときには、この写真の右手に見えるお堂の辺りにもまわってみたいです。

  

  

2006924_yamadera_17   「奥の院」に着く時には、ぜひ前から回りこんで撮ってあげたいものです。

  最後は母の横をダッシュで通り越し、先に到着して、見事上ってきた母をぱちり。

   

  

2006924_yamadera_18   11:30 「奥の院」。

  

  恥ずかしながら最後のダッシュで息の荒くなっていた私。それを見たときの母の嬉しそうなことといったら!

「奥の院」にお参りを済ませた後、美しい風景を見晴らしながら、母は叔母やら叔父やらにケータイで山寺登頂?!の報告をしておりました。

言うに事欠いて、「あたし?平気平気。恭子ちゃんのほうが息きらしてるわよ~(^▽^)」と得意げに語っておりました。あんまりだ(T-T)とは思いましたが、(こんな比較の対象におとなしくなってあげることもひとつの親孝行か…。)と、ぐっとこらえた私でありました~( ̄▽ ̄;

   

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2006年9月25日 (月)

今度は北へ(2) ―いざ山寺

  そもそも今回のこの日帰り旅行は、母の「なんとしても山寺(立石寺)に登りたい!」という強い希望から計画されたものでした。

なんでも、以前に組合か町内会かの旅行で山寺に行ったとき、限られた自由行動の時間の中で、若い人たちは一番上の「奥の院」まで行って来られて、自分たちのんびり組は途中で引き返さざるを得なかったのが、もーーーんのすごく悔しかったようです。

そして、いつか個人旅行で時間を気にせずお参りしてみたいものだと思い続け、昨年秋、ついに同年輩の友人と二人で切符をとり、宿泊先を予約するところまで漕ぎつけました!

ところが、台風が近づき、急遽すべてをキャンセル!!

母の執念?!はいっそうめらめらと燃え上がり、この計画となったのでありました。

  もちろん、山寺Loverの私としてもこの久しぶりの山寺行きは嬉しいかぎり。岩手の妹と現地で合流するというのが叶わなかったのは残念でしたが…。

  さてさてそんなわけで、とにかくBurning!!\(^O^)/しちゃっている母との珍道中がスタートしたのでした。。。

2006924_yamadera_02_2    山寺駅のホームには、

奥の院までは駅から往復で約2時間かかります。

とのお知らせが。

ふむふむ。電車の本数が限られていることもあり、計画を立てるのにこの目安は親切だ~。

  

2006924_yamadera_03   と、写真を撮っている間にもどんどん行っちゃう。

  待ってー!

  

  

  

  

  

2006924_yamadera_04   あれ、もういない。

  

   

  

  

  

2006924_yamadera_05   母を追いかけ駅前に出ると、もうすでにたくさんの“お友だち”ができていました。

皆さん、これから立石寺詣でをなさろうと、同じ電車で駅に降り立ったとお見受けするかたがた。その輪の中で意気揚々と語るうちの母。

「ここから奥の院まで2時間かかるそうですよ。」

「あらまあ~、そんなに?!」

「ええ、今ね、書いてありましたよ。」

「あら~、見て来なかったわあ。じゃあもっと早く出て来ないといけなかったかしら。」

「まだ10時過ぎだもの。行って戻って…2時半くらいでしょ。大丈夫!行けますよ。」

「奥さんお元気ね~。往復4時間でしょう?そう聞いただけでもう…。」

  … ちょーーーっと待ったあああ\(TO\)(/OT)/

母のガセネタは怖い。

自信たっぷりに、勘違いしたままレクチャーするのでおそろしい。

「違うよ違うよ!!行って戻って、2時間です!!」

慌てて割って入って訂正しました。間に合ってよかった~(m- -)m

  

  山寺駅から山寺入り口までは、歩いて7~8分ほどの道のりです。

2006924_yamadera_05a_1  途中のお茶屋さんで、冷たいものをちょっと飲んで、母はそこで身支度。

「修学旅行生はスカートに革靴で上るんだから、そんなにおおげさにしなくても大丈夫だよ。」と私が言っても、母は母なりに自分の歳を考えて入念な装備を。

長袖から半袖に着替え(暑い日でした)、厚い靴下に履きかえ、帽子を被り、杖を借り、小さいペットボトルとハンカチだけ自分のポシェットに、そして、小銭の重たいお財布やガイドブックは私に持たせる(^△^; … カンペキです。

  そんなこんなで、山寺入り口に着いたのは、10:48でした。

   

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2006年9月24日 (日)

今度は北へ(1) ―みちのく○人旅

  えんぴつでなぞる「奥の細道」が流行っているようですね。

  

  松尾芭蕉の「奥の細道」を意識しながら、東北に初めて旅したのは中学3年の秋の修学旅行のときでした。

修学旅行ですから、200人を超える団体で、次はどこどこ…次はどこどこ…の大移動。いったいどこに行って何を見てきたのやら、当時はしみじみと味わう余裕もなかったというのが正直なところですが、そんな中でも、山形の立石寺(りっしゃくじ)、通称“山寺”は心に残りました。

帰ってきてから作文を書いたときにも、そこを訪れた印象をまとめました。

  

  教員として勤めた学校は、母校ではありませんでしたが、中学3年の秋に東北旅行に行くというのは同じで、旅行前にはずいぶん「奥の細道」を授業で紹介し、旅行に備えたのを覚えています。

  中学2年生を担任していた年、「来年、中3になったら東北へ行くのですよ~!」と生徒を盛り上げ?たくて、冬休みに1人で松島と山寺を旅してきました。

  後から生徒に紹介できるように、「ここがポイント!」と示すための写真を、行く先々で撮りました。石碑や像の大きさなどもわかるように、セルフタイマーを使って自分を入れた写真も何枚かありました。

  休み明けの3学期の授業で生徒に見せたところ、おとめごたちの関心は思いもよらない点に集中し、授業は予期せぬ異様な盛り上がり?を見せてしまいました。

「先生~、この写真、誰が撮ったんですかあ~(^○^)?」

「タイマーを使って自分で撮りました(^-^)」

「ええ~?うっそだあー。誰と行ったんですか~(^○^)?」

「…ですから!ひとりで、ですっ(- -; 」

お年頃のお嬢さんたちには、芭蕉の句碑やありがたいお社よりも、独身の担任が誰と旅行してきたのかのほうがよほど興味深い事柄だったのでしょう。写真の日付もよりにもよってクリスマスでしたしね…(^△^;

  

  それから十○年、久しぶりの山寺行きとなりました。

今回は、200人超で、でもなく、

     1人で、でもなく、

     2人で、です!\(^O^)(^O^)/

   

 

2006924_yamadera_01   じゃーーーん!!

   

  

  

  …母と。(^O^;

  

   

   

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2006年9月23日 (土)

伊豆下田みやげ

2006923_umi_no_sonata   「海のソナタ

   … (- -;

  この“元”は、

  「冬のソナタか!\(TO\)

  それとも

  「山のあなたか!(/OT)/

  

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2006年9月22日 (金)

これも政権交代?!

  近所の小学校では、運動会の練習もいよいよ大詰めといったところのようで、毎朝元気な応援の練習の声が、秋空高く響いています。

  そんな中、6年生が移動教室に出かけてしまいました。

確かにここ数日、応援の指揮をとっている声が違います。5年生の副団長さんでも代わりに頑張っているのでしょう。

「運動会の直前に最高学年が何日も学校をあけてしまうなんて…!」

と、先生方からは嘆きの声があがっていたそうですが、そんな心配もよそに、なかなかどうして、下級生でも見劣り(聞き劣り?)しない堂に入った采配ぶりが窺えます。

  さあ~て、これで6年生が無事に戻って練習に参加したあかつきには、みごと!最高学年の貫禄をもって迫れるでしょうかっ!

みんながんばれ~!!\(^O\)(/O^)/

     

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2006年9月21日 (木)

小泉内閣メールマガジン最終号

  ここ数年、毎週木曜日の朝は、ケータイへの「小泉内閣メールマガジン」の受信から始まっていました。

読んだり読まなかったりの、決して熱心な読者ではありませんでしたが、なんとな~く生活のリズムのひとつになっていたことは確かです。

そのメルマガも本日号で最終です。もう来なくなるのかと思うと、名残惜しくて??、ついつい“保護メール”にしてしまいました。

  とにかくものが捨てられないという性格が、こんなところにも。。。ヽ(´△`)ノ

   

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2006年9月20日 (水)

秋のお彼岸

  「西へ南へ」などという夏の記をいまだのんびりと綴っているうちに、ふと気づけばもう秋のお彼岸になってしまいました。

こうやって日付どおりのものをスタートさせ、前のほうを後日埋めるという…\(^O\)(/O^)/…これを始めるとまたまた厄介なことになるのは重々承知の上で、またやってしまいます。

  

2006920_rakanmaki_01   さてさて、お彼岸の入りの20日、お墓参りに行ってまいりました。

ちょうど植えてある「羅漢槙(らかんまき)」がかわいいらしい実をたくさんつけていました。

  

  ちなみに、この「羅漢槙(らかんまき)」は、「槙」の名のとおり、「マキ科」。

そして、ここのところ一躍有名!!になりました「高野槙(こうやまき)」は、槙は槙でも、スギ科なのだとか。

2006920_rakanmaki_02   

  「羅漢槙」という名は、

「実の形が仏様になりきれなかった羅漢さんに似ているから」

というところからきているそうです。

確かに実はかわいいし、姿もいい木なのですが、「仏様になりきれなかった…」ってフレーズ、いいのかしら?!お墓に?!(^△^;

    

    

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2006年9月19日 (火)

西へ南へ(22) ――矢印の向き

2006812_syoshitsuten_1 「消失点」という言葉を思い出しそうな風景です。

でも、

あちらに向かって収束していくようにも、

こちらに向かって放たれてくるようにも、

どちらにも見えます。

  

  そういえば、

  終着駅だったり、

  始発駅だったり、

  矢印の向きによって、呼び名が変わることもありました。

  

そうかと思えば、

東京から小倉に向かうのも、

小倉から東京に向かうのも、

矢印の向きが変わっても、同じ、「帰る」。

  

不思議なものですね。

 

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2006年9月18日 (月)

西へ南へ(21) ――JR門司港駅

  鹿児島の旅から小倉に戻り、何日かを過ごし、いよいよ東京に帰るという日の前日に、JR門司港駅のほうへぶらりと出かけました。

  

2006813_mojikoueki_01 門司港駅の駅舎は、大正3年(1914年)に建造され、今では国の重要文化財に指定されています。

門司港駅は、関門トンネルの開通まで九州の鉄道の玄関口で、対岸の下関との間を結ぶ連絡線の中継駅でもありました。

構内には、往時をしのばせる作りがそのままのこっていますが、中でも私が惹かれるのは「関門連絡線通路跡」という、暗い通路でした。

2006813_mojikoueki_06 今回もそこを通るのを楽しみに出かけたのですが、着いてみてびっくりしました。通路跡は入り口が閉じられてあり、通り抜けできなくなっていたのです。

  

  

2006813_mojikoueki_07 上の写真は、この左の写真の右奥へと下りていくようになっている部分です。
以前はこの右の入り口と、左側の入り口とを結ぶ奥の通路を通ることができたのです。

 

   

20044_mojikoueki   こちらは、2年前の5月に訪れた時のものです。奥の通路に入っていくことができた様子をおわかりいただけるかと思います。

  

  この度、通路が閉じられてしまっていたのは残念でなりませんでした。「間に合わなかった…。」と思いました。

でも考えようによっては、「2年前の時に通れてよかった!」ということになるのですよね。つまりは2年前のそのとき、私は「間に合った」のです。なんの気なしに撮った写真が、今になってこのような記念になるとは、その時には思いもよりませんでした。

  

  今回の旅でも、行く先々で様々な記録をとりました。それらがもしかしたら何年かの後に、ささやかながらも貴重な記録になるのかもしれません。

    

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2006年9月17日 (日)

西へ南へ(20) ――鹿児島の街

  鹿児島中央駅から電車に乗る時刻まで、

駆け足で周った、鹿児島市街でした。

  

 2006811_kagoshima_01 西南戦争最後の激戦地となった城山を背にする、

この市街の中心にも西郷さんが(・∀・)

  「西郷洞窟」のそばの西郷さんやこちらの西郷さんと比べると、東京は上野のお山の西郷さん、ずいぶんとラフないでたちでおいでですよね~ヽ(*´▽`*)ノ

   

2006811_kagoshima_02   西郷さんから歩いてほどないところにある、

鶴丸城(鹿児島城)跡」です。

 

   

   

     

2006811_kagoshima_03   案内には、

城をもって守りとなさず、人をもって城と成す。

との文言がありました。

仙巌園や尚古集成館で抱いた、この薩摩という土地に対しての私の中での印象に、弾みがついたような気分です(^-^)

   

  この場所に城を構えることについて、「海に近すぎて危ない」との反対意見があったということも書かれていました。

確かにそのとおり。

2006811_kagoshima_04 湾はすぐそこ。

桜島も、湾の向こうからこちらへ覆いかぶさってきそうに感じます。

  

  この眺めは、この旅行中で最も強く心に焼きついた風景のひとつです。

   

   

    

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2006年9月16日 (土)

西へ南へ(19) ――桜島

2006811_sakurajima_01_2     「なのはなDX」からも、城山展望台からも、仙巌園からも遠く眺めてまいりました桜島に、いよいよフェリーで向かうことになりました。

   桜島へは、鹿児島港から「桜島フェリー」で15分ほど。出航ーーっ!

   

   

2006811_sakurajima_02_1     桜島フェリーの運行間隔は昼間は10~15分、一般の旅客運賃(車両運賃ではなく)は大人片道150円、と、大変便もよく手軽!

すぐに着きそう~ヽ(*´▽`*)ノ

  

     

2006811_sakurajima_03_1   あれれ??

  さっきから気になっていた手前の緑の丘部分に、なんだかだんだん山のてっぺんが隠れてきちゃいましたよ?!

   

   

2006811_sakurajima_04_1   近づくにつれ、どんどん見えなく…

  …というか、

  完全に見えなくなりましたあああ~~~

  

  

2006811_sakurajima_05_2     と、そのとき新たな楽しみ発見!

♪タンタタターン タタタンタン タンタタタンタンターン♪  (←と、サンダーバードの音楽が頭の中に流れ始める)

   

  あそこに接岸するのかな!どきどき!(☆☆)

   

   

2006811_sakurajima_06_1   んんんーーー!!

  なんだか盛り上がってきましたぞっ(>v<)

   

  

   

   

  

2006811_sakurajima_07_1   ガシャーン!!

  感動の瞬間!!!\(TO\)(/OT)/

   

   

    

2006811_sakurajima_08_1    再び、♪タンタタターン タタタンタン タンタタタンタンターン♪

  いざ上陸ーーっ!…車のない私は歩いての下船でしたが(^o^;

   

     

   

  かくして、めでたくトレイシー・アイランド…じゃなくて(/o^)/(/o^)/(/o^)/ 桜島に上陸を果たしたのでした!

…が!

渡ってしまうと山は見えなくなってしまうのですねえええ~

  

  桜島は 遠きにありて 臨むもの~ なんのこっちゃ

  

フェリー乗り場から大きく離れて観光に周る時間の余裕もなかったので、結局そのまま次の便で鹿児島港へと戻ったのでした(T▽T)/~

   

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2006年9月15日 (金)

西へ南へ(18) ――仙巌園

  鹿児島に旅した人なら誰でも必ず訪れるという、島津家の、ある時は別邸、またある時は本邸でもあったという、仙巌園(せんがんえん)

自然を手元で再現しようという趣向の日本庭園には、よく築山(つきやま)や池が作られますよね。

2006811_senganen_01 こちら仙巌園はなんとこのように、桜島を築山に、錦江湾(鹿児島湾)を池にみたてた、壮大なるスケールの借景を持っています!w( ゜ ○ ゜)w

  園内はとてもではありませんがご紹介しきれないので(回りきれてもいない(^o^; )、仙巌園のホームページのほうでごゆっくりお楽しみになってくださいませ。

  

2006811_senganen_02   行ったときはちょうど朝顔展?(朝顔市?)が開催されており、園内のあちらこちらに丹精された鉢が並んでいましたが、私が惹きつけられてしまったのはこちら。

藤棚のようなものが組まれたところに、朝顔がからんで咲いていました。下から仰ぐようにこの花を見るなんて、日ごろあまりないですものね。

血管のすけるような姿に、ほとばしるような生命力を感じました。

  

2006811_syokosyuseikan   こちらは、仙巌園のすぐ隣にあります、尚古集成館です。

ときの藩主・島津斉彬が、近代的な産業の基盤を築こうとして作り上げた工業生産の拠点が、博物館として公開されています。

  

  この薩摩の地は、当時江戸からも京の都からもそれはそれは遠~~~いところであったはずですよね。

歴史の勉強をきちんとしていないで申すのはお恥ずかしいのですが(*- -*)、こちらには何といいますか…、確かな政(まつりごと)に支えられた、いきいきとした固有の文化を感じました。

世が世なら、それこそここでひとつ国家が立ち上がってもおかしくなかったのではないかな~、なんてたいそうな感想を抱くほど、豊かな自信と誇りの歴史を感じ、圧倒されたのです。

     

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2006年9月14日 (木)

西へ南へ(17) ――「せごどん」

  鹿児島といえば、西郷さん!ご当地では「せごどん」。

2006811_segodon_01_1   その「せごどん」が、西南戦争の時に最後の5日間を過ごした「西郷洞窟」を訪ねました。

西南戦争の最後の激戦地となった城山というところの、展望台から坂道を10~15分ほど歩いて下ったところにそれはありました。

2006811_segodon_02   「せごどん」の大きな像と、中では展示も行われている洞窟、記念撮影用に置かれた日付の入った看板とベンチ。

「この洞窟こそが…!」と、どれほど感慨深かったことでしょう。

  さて次の場所へ、とお土産やさん前の停留所で路線バスの時刻表を見ると、まだ10分ほどありました。

そのバスを目指してか、停留所にはどんどん人が集まってきます。でも…、(どうしてあちらから??)と思うような方向から…。

  

  徒然草の第五十二段に「仁和寺にある法師」の話があります。

仁和寺の法師があるとき岩清水八幡宮というお宮に一人でお参りに行き、山のふもとの神社や仏閣を拝んでまわります。山の上から人がたくさん下りてきたのを見たそうですが、(自分はお参りに来たのであって、山には興味がない。)と帰ってきてしまったのです。「なぜみんな山に登っていたんでしょうね。」と語る法師。
ところが、実はその山の上にこそ、岩清水八幡宮はあったのだという話です。

   

  そんな話をふと思い出しまして、大勢の人の来る方向に何があるのか確かめたくなり、バスの時間を気にしながらも行ってみました。

 …すると!

2006811_segodon_03   

先ほどの洞窟からお土産やさんをはさんで反対側にひっそりとあった、

こちらこそが、「西郷洞窟」だったのです!!

   

2006811_segodon_04    

確かに…そうです。

ああ~、よかったです。勘違いしたまま帰らなくて。

  

  徒然草第五十二段の話は、

「少しのことにも、先達(せんだつ・せんだち)はあらまほしきことなり。」

と結ばれています。そう!ほんの小さなことにでも、案内してくれる専門家はほしいものです。

  「西郷洞窟はこちらですよ。」と教えてくれた人がいたわけではないけれど、私の場合、このおっちょこちょい?の「仁和寺の法師」こそがある意味「先達」だったというべき…?!(T人T)

    

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2006年9月13日 (水)

西へ南へ(16) ――指宿をあとに

  指宿泊の夜が明けました。

前日からのレンタカーの旅は、駅前に車を返したら終わりです。…という段になってやっと、車の入った写真を撮りました。 

  

  実は以前にアメリカでレンタカー旅行をした時、借りてすぐに車の記念写真を撮ったことがありました。
そしてその旅の途中で、車を取り替えてもらわねばならないほどの事故を起こしてしまったのです。
皮肉にも、思い出の写真の中には無傷の(?!)最初の車の写真がちゃんと残っています。

  それからというもの、借りた車の旅が無事に終わるまでは、その車を写真に収めないことに決めました。ささやかなジンクスです(T-T)

2006811_vitz   

  というわけで、これは、返却前の喜びのポーズ?!

T○Y○TAのVitz、いやあ~コンパクトながら抜群の乗り心地でした。(日ごろ乗っている愛車があまりにもひどいので、よりいっそうの感激でありました。)

   

  返却後は、指宿からまた「なのはなDX」に乗り、鹿児島中央へと。

     

    

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2006年9月12日 (火)

西へ南へ(15) ――焼酎王国

  写真で綴る記事の数かせぎを続けております。(堂々と言うなー!)

   

2006811_syochu   というわけで?!、今日は、ホテルのロビーに並べられていた焼酎の数々をご紹介。

詳しいかたがご覧になったら、「おお!これは!」とか、「おや?あれがない!」とか、いろいろおありだと思うのですが、何もわからない私はこの壮観な眺めにただただほれぼれ~ヽ(*´▽`*)ノ

    

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2006年9月11日 (月)

西へ南へ(14) ――「なのはなDX」より

  鹿児島中央という大きな駅(幼稚な言い方だ(笑))から、指宿までは、「なのはなデラックス(以下、なのはなDX)」という、かわいらしい電車に乗りました。

鉄道にはまったく明るくない私の申すのもいかがかと思いますが、JR九州って、なんだか面白いですよね。

詳しい方ならきっと、「あそび心にあふれている」というようにおっしゃるのかもしれませんね。ひとつひとつの電車の個性が強烈で、思い出深いです。(その割には、一度にたくさん乗りすぎて訳分からなくなっていたじゃあないか。。。( ̄▽ ̄; )

  

2006810_nanohana_dx_01   「なのはなDX」は、

  座席もこんなにかわいいうえに、

    

  

   

2006810_nanohana_dx_02    

  各車両に展望スペースもあるのです。

  大きな窓と、テーブルと、窓に向かって座るベンチと。

    

   

2006810_nanohana_dx_03    

  外から見ると、こんな具合です。

  「こんなスペースが欲しかった!」という感じですよね。

    

   

2006810_nanohana_dx_04    

  鹿児島中央から指宿まで、進行方向左にはずうっと鹿児島湾が見えています。

  遠くには桜島も!

   

     

2006810_nanohana_dx_05   時折、このような看板もありますが、

  現実に引き戻されるというよりは…

  なぜか…

  いっそう旅情を感じてしまいました(^o^)

   

2006810_nanohana_dx_06   とにもかくにも、

このような元気色の電車で指宿に到着し、

あのアロハと浴衣と笑顔で迎えられ(「西へ南へ③」に戻る(笑))、

うきうきと鹿児島の旅は始まったのでありました~\(^O^)/

     

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2006年9月10日 (日)

西へ南へ(13) ――「つばめ」より

  新八代(しんやつしろ)から九州新幹線「つばめ」に乗って、いよいよ鹿児島入りです。

2006810_tsubame_04    

  「つばめ」の車内は

  …

   

   

   

      

    

2006810_tsubame_01_1 熊本産のいぐさを活かして、 

窓の日よけもすだれ風。

   

   

  

2006810_tsubame_02   

  洗面所の入り口も、

   

   

2006810_tsubame_03    

  このような風情です。

   

   

   

え~~~、

少々自分でもこんがらがってきました…。

  (1)小倉→博多 「ソニック」

  (2)博多→新八代 「リレーつばめ」

  (3)新八代→鹿児島中央 「つばめ」

…という乗り継ぎをしたことになります。

  

(1)については、在来線の特急に乗ってみようとのことでこうなりましたが、ご存知のとおり、新幹線でも。博多は、東京発の、東海道・山陽新幹線の終点ですものね。

(2)というのは、博多⇔新八代 間の“つなぎ”の役のようです。

そして、今はまだ(3)の区間しか完成していない九州新幹線「つばめ」が、いずれ博多まで開通するそうです。

  

ふう。なんとなく整理できてきました( ̄o ̄;

さて、鹿児島中央で九州新幹線を降りてから指宿まで、もう少し!

    

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2006年9月 9日 (土)

西へ南へ(12) ――「リレーつばめ」より

  「ソニック」で博多まで行き、そして博多で「リレーつばめ」に乗り換えました。

博多から新八代(しんやつしろ)まで、県でいうと、福岡→佐賀→熊本への移動です。

  

2006810_relay_tsubame_01   こちらは、佐賀県の「鳥栖(とす)」。

子どもの頃、読みを知って感激した地名のひとつです。

  

このあたりは「肥前」の国になるわけですね~。

そして、「肥前」があるなら「肥後」も。

「肥後」ときけば思い出す、懐かしいあの手まり歌。

  
♪あんたがたどこさ ひごさ  ひごどこさ くまもとさ♪

  
2006810_relay_tsubame_02 その”熊本”産のデコポン果汁を使用した、「デコポンシャーベット」を車内販売でゲット。

美味しそうだったけど、400円×人数分は辛いっっっ。

だから、撮影のために1個だけ。庶民だわあ~(^△^;

  

2006810_relay_tsubame_03   博多と新八代(しんやつしろ)を結ぶ、この「リレーつばめ」。

ご覧のとおり、デッキ部分はスペースに大変ゆとりがあります。

写真の左手に写っているのは「多目的室」です。

ガラス張りの小部屋の中にはソファがあり、カーテンもついています。

具合の悪い方がちょっと横になったり、赤ちゃんをお連れのかたが授乳されたりする時に、こういう空間、ありがたいですよね(^-^)

     

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2006年9月 8日 (金)

西へ南へ(11) ――「ソニック」より

  旅行はもう、とうにひと月以上前のこと。

そしてこれを綴る今日という日も、この日付の9月8日(金)をとうに過ぎております。

まあのんびりと、とは申すものの、このへんで写真をメインに記事数かせぎを。(こらこら。)

   

  お話は少し戻りますが、小倉から指宿までの移動の途中で撮った写真をいくつかご紹介させていただきます。

2006810_sonic_01   

  これは、小倉から博多まで乗った特急ソニックの座席を後から撮ったものです。

ミッキーマウスの耳みたいで、超!!カワイイ~ヽ(*´▽`*)ノ

  

   

2006810_space_world   

  でもって、ここはディズニーランドならぬ、「スペースワールド」という遊園地。

普段は特急は通過するのですが、夏休み中ということで臨時停車したのでした。

今回は眺めて通ってしまいましたが、7~8年前に遊びに来たことがありました。

お土産にフリーズドライの宇宙食とかも買いましたっけ~(^○^)

    

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2006年9月 7日 (木)

西へ南へ(10) ――池田湖

  宿での食事、砂風呂の時間を考えると、西大山駅から枕崎駅まで足を延ばすか、西大山駅から池田湖に回って大ウナギを見に行くかは、どちらにするかでもめにもめました。

結局、「大ウナギは東京に来てくれるかもしれないけれど、枕崎はぜーーーったいに来てはくれない!!」という、なんとも過激な?発想から、枕崎を選びました。

  ですが、枕崎で17:30にエンジンをかけ、順調に指宿の宿へと向かう途中、やっぱり大ウナギへの未練が断ち切れず、時計を見ながら寄ってみることに。

  

2006810_ikedako_01   

  そして、池田湖に18:15到着!

開聞岳にかかってる雲、変なの~(^▽^)ノ゛

  

…と、笑ってるバアイではありません。

長さ1.8メートルの大ウナギを一目見んと、池田湖パラダイスへ。

    

2006810_ikedako_06    

  「最大うなぎは売店内へどうぞ

  ところが…

  この日の営業は、18:00に終了していたのでした(T-T)

   

2006810_ikedako_07   

ガラス戸越しに店内を覗けば、

奥へといざなう大ウナギ~~~。

残念無念。

  

  

2006810_ikedako_02    

  ならばせめて?!、伝説の、

  ネッシーならぬ「イッシー」にご対面?!

  

  

2006810_ikedako_02_a_1 

ネス湖のネッシーにあやかって『イッシー』と…

うーん。。。

奥ゆかしいのか、大胆なんだか、

よくわかりませぬ\(^O\)(/O^)/

  

   

2006810_ikedako_03     

  あっちにも、

   

    

2006810_ikedako_04    

  こっちにも、

イッシーがたくさん(^△^;

   

    

2006810_ikedako_05     

  多くの大ウナギと、謎に包まれたイッシーをその内にひそませ、

湖面は静かな輝きを放っていました。

   

     

    

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2006年9月 6日 (水)

西へ南へ(9) ――JR枕崎駅

  JR指宿(いぶすき)駅からレンタカーでその日のうちに大急ぎで巡った、4つの「最南端シリーズ」 をご紹介してまいりました。

  JR最南端の有人駅、山川駅。

  薩摩半島最南端の岬、長崎鼻。

  JR最南端の駅、西大山駅。

そして4つめは、

  「JR最南端の終着駅」である、「枕崎駅」!!

  

  実は私、今でこそこのように偉そうに“ご紹介”などと申しておりますが、旅行中は家族の立ててくれた計画通りにくっついてまわっていたに過ぎず、どの場所についても事前の“予習”のようなことを全くしていませんでした。

ガイドブックをしげしげと見たわけでもなく、ホームページを訪ねてまわって情報を集めたわけでもなかったので、まっさらの状態で到着した先々では、その分新鮮な感動を覚えることができました。

  

  枕崎駅についても、ある意味、そうでした。

まずは…、駅を探すのに手間取りました。

カーナビは「目的地です。」と伝えているのですが、目の前には広大な工事現場が広がるばかり。なんだかおかしなところに来てしまったぞと、車をぐるぐる回し、とにかく駅前のロータリーらしきあたりには到着。

ですが、駅舎もなんにもない!

いえ、駅舎がないのは西大山駅もそうでしたので、驚くことではないのですが、ホームも何も見えず、どうにも妙な具合なのです。

しかたないので、ロータリーの脇の駐車スペースに車を停めて、工事現場の方へと入って行ってみることになりました。

すると…

2006810_makurazaki_01   

…あれは、もしかしてホーム??

   

 

    

   

2006810_makurazaki_02    

  …なんか…

  

   

      

    

2006810_makurazaki_05       

  …新しすぎない??

   

  

    

  

2006810_makurazaki_03    

ホームから工事現場を振り返ると、

このような眺め。

 

      

  ………

  

  …もしかして…何かを逃した??

   

なんの予備知識のない私の目から見ても、どうやら“古い何か”から“新しい何か”に移りつつある様子なのだという雰囲気はよくわかりました。

  見逃したものが何だったのかは、東京に戻ってからあちらこちらのホームページにおじゃまして確認しました。

少し前までの枕崎駅、ぜひぜひご覧になってみてください。

 「九州観光と温泉」
http://www.yado.co.jp/station/kagosima/makurazaki/makurazaki.htm

 「無人駅に行ってみた」
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mujinsta/makurazaki.html

 「ナルシマテクスト鉄道事業部」http://www.synapse.ne.jp/~narushima/tetsudo/makurazaki/makurazaki.html

  

  勝手なもので、はるばる訪ねた旅行者としては、「ああ、この元の駅の姿が見たかった…。」とがっかりもし、センチメンタルな気分にもなったわけですが、こちらのサイトを見て考えさせられました。

「枕崎市政を考える会」
http://www.geocities.jp/makumaku555/17.08.13makurazakieki.htm

これまでこの枕崎駅については、鹿児島交通とJRのそれぞれの所有権の問題から複雑な経緯があり、このたびのこの再開発はどうやら町にとっては長らく待たれていた解決の道だったようなのです。

  

  つまり、私たちは、何かがなくなってしまった後を見てきただけではなく、これから何かの始まろうとする姿を見てきたわけなのですね。

  

  自分でもおかしいくらい、旅のその時にはあまりに気落ちして呆然としていたためか、枕崎の写真が極端に少ないのです。

2006810_makurazaki_04 これは、それでもかろうじて撮った駅前の写真です。

電車を降りた人を迎える灯台のモニュメントに、

日本最南端の終着駅」の文字が!

  帰京してから知ったことですが、この灯台の反対側には、

日本最南端の始発駅」との文字が書かれてあるそうです。

  …そう!そうなのでした!

終着駅は、始発駅でもあるのですよね(*^-^*)

    

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2006年9月 5日 (火)

西へ南へ(8) ――JR西大山駅

  薩摩半島の最南端をきわめた?あとは、再び鉄道沿いの旅に戻りまして、次なる「最南端」は、

JR最南端の駅」である、「西大山駅」。

前々回に、「JR最南端の有人駅」の「山川駅」のご紹介をいたしましたが、こちら「西大山駅」は無人駅で、そしてまさに「最南端」なのであります。

2006810_nishiohyama_01_1   長崎鼻のほうから向かうと、こんなふうに踏み切りをがこんと越えて駅前に回りこむようになります。越えながら左を向くと、ほら!右手にホームが見えます。

遠くにちらりと、その裾野を覗かせているのが、長崎鼻からもよく見えた開聞岳です。

  

2006810_nishiohyama_02   駅前に到着~。

がら~んと人影もなく…と思いきや、ホームを行き来するヘルメットを発見。(ご覧になれますか?)
どなたかと思えばなんと、長崎鼻の竜宮神社でお会いしたライダーさんでした。
どちらからともなく軽く会釈を交わしたものの、はたして先方はそう認識しておいでだったかどうか。
(はて、誰だろうか…(- -; )と悩ませたかもしれません。

2006810_nishiohyama_03 ふむ。

何はともあれ、同志を発見したことは嬉しかったです。この辺はやはり「最南端」めぐりのメインコースなわけですね。

無人駅なので、(…という言い方は語弊がありますが(^o^; )、ホームへの出入りは自由にできてしまいます。記念入場券は指宿で手に入るそうな。

  

2006810_nishiohyama_04 ホームの端には、

「JR日本最南端の駅

 北緯31度11分」

を示す柱が。

  

  

    

2006810_nishiohyama_05 線路に下りて、先ほどの踏み切りのほうを見るとこんな感じです。

      

      

      

2006810_nishiohyama_06 おお!「最○端ネットワーク」?!だ~\(^O^)/

   

   

と、旅行者の私にとってはうかれたり、感傷にひたったりの場所であったわけですが、

2006810_nishiohyama_07 駅前の自転車置き場にある、何台もの自転車を見たときにはっとしました。

それらを見ていると、当然のことながらしっかりと地元の人々の生活の中に息づいている存在なのだということが、迫力をもって感じられたのでした。

     

    

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2006年9月 4日 (月)

西へ南へ(7) ――長崎鼻

  車の旅となったお蔭で、電車の路線から離れてこんな「最南端」にも足を延ばせました。

「最南端シリーズ」でご紹介するお次は、

薩摩半島の最南端」の岬、「長崎鼻(ながさきばな)」。

2006810_nagasakibana_01 遠くに見えるのは、開聞岳(かいもんだけ)です。

  

  駐車場で車を降り、そこからは徒歩で。

お土産物やさんの並ぶゆるやかな坂をおりていくと、やがてこのように視界が大きく開け、駐車場から10分もかからないうちに、岬の灯台まで。そこまでは遊歩道が整備されています。

灯台から岩場へ下りる段々の先も、自分で気を付けさえすればどこどこまでも進めます。それこそ、「ここが最南端だ!」と満足のいくところまで!\(^O^)/

  

2006810_nagasakibana_02 これは、遊歩道の中ほどからお土産物やさんのほうを振り返ったもの。

写真中央に見える赤い鳥居は、「竜宮神社」です。

   

2006810_nagasakibana_03    

こちら長崎鼻は、“浦島太郎伝説発祥の地”といわれる場所の一つだそうです。

  

    

浦島太郎が亀を助けたのは、

2006810_nagasakibana_04   

こんな浜か…

   

  

  

2006810_nagasakibana_05   

はたまた、こんな岩場か…

   

   

  

2006810_nagasakibana_06 岩場では、亀こそ見つかりませんでしたが、たくさんのきれいな魚や、かわいいカニを発見~ヽ(*´▽`*)ノ

  

   

2006810_nagasakibana_07   お土産物やさんには、彼岸花の球根が並んでいました。

そういえば岬までの道の両脇には彼岸花がたくさん咲いていました。盛りの時に来たら、さぞやみごとなことでしょう。

   

  それにしても、鹿児島にありながら長崎鼻とはこれいかに。

そのこころは…

  此岸(しがん・この世のこと)に咲きながら、彼岸花というがごとし…??

     

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2006年9月 3日 (日)

西へ南へ(6) ――JR山川駅

  さてさて、JR指宿(いぶすき)駅を出てから宿での砂風呂体験までの間に巡った、4つの「最南端シリーズ」をご紹介してまいりましょう。

  

  指宿駅前で借りた、生まれて初めて運転する“しゃべる車”(注:カーナビ付きの車のこと(笑))に感激しつつ、まずめざしたのは、

JR日本最南端の有人駅」である「山川駅」。

「JR最南端の有人駅」、つまり、駅員さんのいるJRの駅としてはここが最も南にある駅というわけですね。

ということは、無人駅になるけれども、「JR最南端駅」はまたべつにあるのか…。ふむ。

  

2006810_yamakawa_01   おおー!

ちょうどホームに電車が停まっているところに到着しました。

山がホームのきわまで迫っているのもいい感じです。

 

     

2006810_yamakawa_02_1 この電車はこちらのほうから来て、

  

 

  

    

2006810_yamakawa_03_1 こちらのほうへと去っていったのです。

  

  

  

      

2006810_yamakawa_04_1 電車を見送ってから、ゆっくり駅舎を撮影。

この段々を上がって…

  

  

     

2006810_yamakawa_05_1 待合室へ。

  

    

  鉄道の駅を目指したのなら、どうして鉄道の旅を続けなかったのか、と?

実はこの山川駅から先はぐっと電車の数が減ってしまうのです。駅を見て通過するだけならともかく、降りて写真を撮って…などと考えると、先に進むのには次の電車を待たないとなりません。そうなると、かなり時間にゆとりを持たないと行きたい先々を回りきれなくなってしまいます。

そういうわけで、指宿からやむなくレンタカーの旅となったわけなのです。

   

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2006年9月 2日 (土)

西へ南へ(5) ――砂風呂体験

  小倉から鹿児島に向かう列車の中で、「はっ!」と慌ててとある友人に「鹿児島来てるよ~。もうすぐ指宿に着くよ~。」とメールを。

鹿児島出身のその大学時代の友人に、「鹿児島に行く」とひとこと言ってから向かわねばと、東京を発つ前からずうっと思いながらうっかりしてしまっていたのでした。

彼女自身は今は故郷には住んでいないので、「鹿児島行くから会おうよ。」というわけにはいかないのですが、行くなら行くと事前に届け出ておくのがスジ?かと思われたのです(笑)。

  彼女からの返事はすぐに来ました。

「ただでさえ暑い折に、砂風呂の地へようこそ!」と。

かんらからから笑っている声がきこえてきそうなメールでした(^▽^)

2006810_ibusuki_05   

  そう!
指宿(いぶすき)といえば砂風呂!
駅にもこのような乙女像がありましたっけ。

  

  かくいう私も、宿で夕食後に入ってみました。

素肌の上に専用の着物を1枚着て、案内された場所に横たわると、係りのかたがたがざっくざっくと熱い砂で埋めてくれます。首から下はすっぽりと厚い砂に覆われ、壁の時計を見ようと顔をそちらに向けるのが精一杯の、なかなかいいカッコ。とてもじゃありませんが、駅の乙女像のような優雅さとは縁遠い姿でした(^△^)

  結果~。

「様子をみながら、まず20分どうぞ~。」と言われたにもかかわらず、私はたったの10分でギブアップ。

じ~んわりと発汗を促すような、砂の「暑さ」は気持ちよかったです。負け惜しみでいうのではありません。本当!

ただ辛かったのは、お尻の「熱さ」。。。やけどしそうに痛くて痛くて、これはかなわ~んとばかりに、諦めました。

今度はお尻の皮も、面の皮くらいに厚く鍛えてから、挑戦したいと思います(T-T)

      

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2006年9月 1日 (金)

西へ南へ(4) ――南国の夜

  8月の旅のご報告を続けさせていただいておりますが、9月ともなりましたので、今日は指宿で見た美しい月のご紹介とまいりましょう。

  

2006810_ibusuki_no_tsuki_1 ゆるゆる、のんびりモードばかりでない、

指宿の夜のこんな凄みを。

  

鹿児島湾の向こうに見える陸地は、大隅半島です。

今にも簡単に届きそうな距離に感じますが、

奢って手を伸ばそうとすれば、

何ものかの化身でもよこしそうな、

雲と月の睥睨(へいげい)。

     

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