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2006年1月17日 (火)

「同じ心ならむ人」

  兼好法師の「徒然草」に、「同じ心ならむ人と…」と始まる章段があります。

     同じ心ならむ人と、しめやかに物語りして、をかしきことも、世のはかなきことも、うらなく言ひ慰まむこそ嬉しかるべきに…

     (同じ心持ちであるような人と、しんみりと話し込んで、興味深いことも、世のはかなさについてのことも、心隔てなく語らって心を慰めることなどはこのうえもなく嬉しいことであろうけれど…)

という書き出しで、なかなかそういう「同じ心ならむ人」はいない、いたらどんなにうれしいだろうという思いが綴られていきます。

   

  昨年暮れ、お世話になった方のご葬儀に参列するため、栃木県のほうに出かけました。
宇都宮で新幹線を降り、そこからまたさらに在来線に乗り継いでいかねばならないかなりの遠方でしたが、上野から同じ列車に乗り合わせた見知った顔も多く、帰路はみな一緒でした。

  故人は、昨年の3月に教職を勤め上げられたばかりの、61歳という若さでいらっしゃいました。

  ご葬儀の日の空はかなしいまでに晴れ渡り、行き帰りの列車の窓の外には美しい風景が過ぎていきました。
心を動かされ写真に収めたものの、誰に見せるでもなく、語るでもなく、そのままになっておりました。

  今年になって、その折にご一緒したかたのうちのおひとりが、その時のお気持ちを句に詠まれていたことを知りました。
みな言葉少なに列車にゆられてまいりましたが、あの日、まさに「同じ心ならむ人」どうしであったのだと感じました。

  今日、作者ご本人にご了解を得たので、私の撮った写真を添えてご紹介させていただきます。

2005   

  人逝きて車窓に高し冬木立

             濱上悦子氏  作

       

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コメント

恭子さんへ

「同じ心ならむ人・・・」

いつもそうではなくても、
ふとした事でいつも隣にいる人がそうなる瞬間ってありますよね。
そんな時はとても、その人が愛しく感じます。

喜びを笑って共感したり、
怒りを爆発させたり、
哀しみを静かに受け止めたり、
楽しみを膨らませたり。

隣にいる人と同じ景色を見て、
たったひとつでも、同じ気持ちをもてたら、
たとえそれが哀しい時でも、
心が温かくなるような気がします。

投稿: まさこ | 2006年1月18日 (水) 10:14

まさこさんへ

こんにちはっ!コメントありがとうございます。

この「同じ心ならむ人」。
「同じ心なる人」と言い切らず、「む」の入るあたりが、なんともくすぐられるのです。
この「む」は、文法的な意味でいうと(味気なくて申し訳ないっ!)、仮定や婉曲のニュアンスを加えています。
今風にいえば、「同じ心だ!」という感じでなく、「…もしかして…同じ気持ち?」「同じ気持ちのようかしら?」という感じとでもいいましょうか。

相手が自分と「同じ心」かどうかなんて、そうそうこちらで勝手に断言できるものではないですものね。
この「む」は、同じ心かなと自分の中で感じられた瞬間の感触を、実に繊細に表しているような気がして、とても好きなのです。

本当におっしゃるとおり、そんな瞬間って、嬉しくってあったかいですよね。

投稿: 恭子 | 2006年1月18日 (水) 12:38

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