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2005年12月 7日 (水)

「里の…」

  上野の東京都美術館で開催されている遥玄展という水墨画展に、叔父が出品しているので、かけあしながら観にいってきました。

sato_no_yuki  叔父の作品はこちら。

叔父の作品には雪が扱われることが多いです。

この「遥玄展」、毎年12月のこの時期に開かれるのですが、それに合わせてか、叔父はよく雪や、白富士を描いたものを出品しています。
その題材の選択は、季節感とあいまってなかなか心憎く粋だなあ、と身内ながら思います。

この雪の部分には、さらに白い色でもさしているのでしょうか…、
いえ、そんなはずはないですよね…、
雪の部分には墨を入れていないだけですよね…、
一度きいてみようと、いつも思うのですが…。

つまり、雪を描こうとするのに、その雪の部分には“何も描かない”ことで、雪が描きあがるのですから、なんとも不思議な絵画です。

題名は、「里の雪」。

     

          ――― * ―――

  

  帰り道、叔父の絵の題名からの連想でしょうか、
里の秋」という歌が思い出されました。

今年、この歌については、自分の中で漠然と何十年来抱いてきた疑問と向き合う機会がありました。

    

     里の秋

          作詞 斉藤 信夫
          作曲 海沼 実

 1、しずかなしずかな里の秋
   お背戸(おせど)に木の実の落ちる夜は
   ああ母さんとただ二人
   栗の実煮てますいろりばた

 2、あかるいあかるい星の空
   鳴き鳴き夜鴨(よがも)の渡る夜は
   ああ父さんのあの笑顔
   栗の実食べては思い出す

   

「里の秋」の、この2番までしか知らなかった私は、
主人公がなぜ「母さんとただ二人」なのだか、
「あの笑顔」の思い出される「父さん」はどうしたのか、
深く考えることもないままに、ただただものさびしい歌だと感じていました。

この秋、ひょんなことから、3番の歌詞を知りました。

  

 3、さよならさよなら榔子(やし)の島
   お舟にゆられて帰られる
   ああ父さんよ御無事でと
   今夜も母さんと祈ります

   

なんでもこの歌は、まず昭和16年に「星月夜」としてつくられ、戦後になってから、歌詞の3番が作り直され、今の「里の秋」という歌となったそうです。

「星月夜」として作られた当初の3番がどのようなものだったのかはわかりませんが、昭和16年の秋といえば太平洋戦争開戦の直前の秋、「父さん」のいないわけは何だったのでしょう…。

戦後になって作り直された3番の歌詞は、明らかに、激戦地であった南方からの「父さん」の帰還を祈る内容となっています。
「里の秋」として完成されたこの歌は、NHKラジオ「復員だより」などで流されたという話です。

  この「しずかな、しずかな」唱歌の中に、かつて戦争をしていたころの日本の風景が見え隠れしているように感じられます…。

     

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