« めずらしく野球の話 | トップページ | 立秋 »

2005年8月 6日 (土)

思う日

  実家は朝起きてから夜寝るまで、NHKを一日中つけている家でしたので、物心ついた時にはもう自然に、8月6日の平和記念式典の中継を見ていました。式典の間、祈りというよりも葬送を思わせる悲しい厳かな音楽が流れ、やがて音楽が静かに止み、午前8時15分、原爆投下の時刻を迎えます。その「黙祷」の時刻になると、大人たちと一緒になってお祈りもしました。

  戦争を経験している祖父母も家におりましたし、両親、叔父、叔母も戦争を知る世代です。普段の生活の中で、“戦時中の話”は日常的に繰り返されていたものですから、それ以上に、戦争や原爆についてきちんと知ろうとしたり、調べたりすることは逆にありませんでした。聞けば聞くほど恐ろしいものでしたので、遠ざかるようにすらしていたかもしれません。

  

  小学校や中学校の国語の教科書にはだいたい、年間の進度からいうと夏に当たる頃に、戦争に関する文章が載っているものです。そしてこれがまた、ちょうど教育実習の時期に重なることも多いのですよね…。

  かくいう私も、教育実習で、広島の原爆に関する文章にあたりました。広島テレビで昭和44年に放送されたドラマ『碑』からの文章でした。このドラマは、爆心地である広島市内の本川土手で建物疎開の作業中に被爆し、5日後までに全員が亡くなった広島県立第二中学校1年生、322人の悲劇を記したものでした。

原爆どころか、戦争すら知らない自分が教材を扱って教壇に立つ身になってしまったのだから大変なことです。どうしたらいいのかと悩みましたが、中1の生徒たちと一緒になって戦争や原爆のことを真剣に学ぶ貴重なきっかけとなりました。

生徒たちにとっては、自分とまったく同じ歳の子どもたちのお話のわけで、その息を引き取る時に母親と交わした言葉などを読むと、授業中に泣き出してしまう子もありました。

学習の最後には生徒たち一人一人が綴った手紙を、広島の平和記念公園内にある「広島県立第二中学校慰霊碑」にお供えいただくように皆で荷造りをして送りました。

   

  あの時のような勉強の機会をあたえられたことは、本当に感謝すべきことだと思っています。逃げて、遠ざかっていてはいけませんものね。

今すぐ何ができるというのではないけれど、とにかく覚えていること、思い続けること、それだけはせめて……、と思っています。

    

|

« めずらしく野球の話 | トップページ | 立秋 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/117167/5333743

この記事へのトラックバック一覧です: 思う日:

« めずらしく野球の話 | トップページ | 立秋 »