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2005年8月18日 (木)

母のいなか  ――母の母の実家

  さてさて、この“オプショナル・ツアー”の目的地はどこかというと、それは母の母の実家、つまりは私の祖母の実家でした。

  祖母は2年前の秋に亡くなっています。その直後から母が、「私の母の実家に行ってみたい。」と言い出しました。その思いは母のきょうだいたちも同じだったようで、今回の母の提案にはすぐにのってくれたようです。祖母の実家というのは―今回初めて知ったのですが―栃木県の物井。下館から車で30分くらいのところです。(実際には迷ったので、もーっとかかった (m- -)m )

  

  母のきょうだいは、《母・妹・弟・弟》。この日のツアーは、上の叔父を除く3人+運転手の私。上の叔父は母の実家の当主としてお盆のお客様のおもてなしに追われていたので、このメンバーになったわけですが、この叔父をおいていったこと、…というか、この叔父に誰もちゃんと道をきいていかなかったのが珍道中となってしまった理由です。

  「出かけるから車を出して。」と言われるがままに出し、「この道をしばらくまっすぐ行って。」と言われるがままに車を走らせ、「物井」という田んぼの真ん中の町の方面に向かうのまでは順調だったのですけれど…

やがて、3人のうち誰も正確に祖母の実家まで案内ができないとわかったときは……正直、おもしろかったです!

誰も、上の叔父に電話してきいてみようなんて言い出さないんですもの~私がそう勧めても無視されましたし~(^▽^)

「そばには川があった」「竹やぶの脇を通っていった覚えがある」…そんなことを言い合っては、「そーだった、そーだった」と盛り上がり、それぞれの小さい頃の、不確かな記憶をたどりながらの旅を楽しんでいるようでした。

「こっちだったような気が…」とみなが首をかしげながら言う方へ曲がり、そこへまた私が、「あーっ!ここ、夢に出てきた風景と同じだ!きっとここだよ~!私行ったことないのに、夢で見てたんだー!(T-T)」とわけのわかんない感動的な騒ぎを添えるものですから、ますます収拾のつかない方向へと迷い込み、最後は下の叔父が車を降り、たったったっと走り回り、見つけてきました。 

   

2005    これが、最終的に母たちを“納得”させた竹やぶです。この後ろ手には川も流れていました。

「竹やぶも川も、もっと大きかったのに…」とちょっぴりさみしがっていましたが、自分が小さかったから大きくみえたのか、本当に小さくなったのか、はたしてどちらなのでしょう。

  無事たどり着いた祖母の実家にも、お盆なので、母たちにとってはお会いするのは何十年ぶりという懐かしい親戚のみなさんがお集まりで、楽しいひとときを過ごしました。

  私はすみっこでみんなの思い出話を聞いていましたところ(∂v∂)r 。。。

どうやら祖母は“歌詞を覚えること”に長けていたらしいです。2番、3番まであればその分も確実に!

ひゃあああ~♪

その“血”、ありがたやあ~(*´人`*)

――しかしそれには続きがあり、歌うことだけは恥ずかしがって、人が忘れた歌詞を思い出すのを大いに手伝って、自分では決して歌わず人に歌わせているばかりだったとか~(´△`|||)え゛~~~?!それは困るよ――っ!!

ライヴは近い!前半の血?だけわきかえれ~~\(TO\)(/OT)/

  

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コメント

 恭子さんへ
  「血筋」なんですね(^^) それで、音曲や歌を詠むのが得意なんですね!

   『竹やぶも川も小さくなりにけり』

投稿: にいたん | 2005年8月18日 (木) 12:25

にいたんへ
「血筋」だなんてとんでもない(*_*)!
でも気付かないうちに先祖?!から受け取ってるものってあるのかなあ~(*^-^*)
  
 『葉おと瀬おとに 名残りとどめて』
  

投稿: 恭子 | 2005年8月18日 (木) 20:16

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