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2005年7月の記事

2005年7月31日 (日)

ちゃねりがやって来た!             ――前篇

  子どもの頃から、日記というものを何度始めても満足に続いた例のない私でしたが、そんな中に書いたことで今でもよく覚えているものがあります。

  
  小学2年のG.W.に新小岩の叔母の家に遊びに行った折、その近所で段ボールの中に入れられ置き去りにされていた5匹の子ネコを見つけてしまいました。なんとか連れて帰れないかと母に頼んだり、また、なんとかここで飼ってやれないかと叔母に頼んだり、挙げ句の果てには妹たちと段ボール横に立ち、道行く人の関心をひこうとしたりしました。結局どうにもならず、最後は泣きながら子ネコたちと別れて来ました。皆様がたの中にも、こういう思いを経験されたかた、きっとたくさんいらっしゃいますよね。
  その日の日記はそれまでにない“大作”となりました。かわいそうな捨てネコがこれ以上いなくなりますように、そういう動物たちを引き取ってくれる場所が早くできますように…、と泣きながら何ページも書き綴りました。子どもながらに、これは“夢物語”だな…と思いつつ…。
   
  ところが、ピアニストのTAKERUさん(TAKERUさんのホームページはこちら→http://blog.livedoor.jp/takerucci/)は、なんとそれをご自分の生活の中で着実に行動に移されておいでなのです。TAKERUさんは、私がもうかれこれ13年間お世話になっている方です。わが家の2匹めのネコ“ちゃねり”は、そんなTAKERUさんのお蔭で迎えることのできたネコなのです。
  
  TAKERUさんは、かわいそうな野良ネコをなくしていくためのボランティア活動を個人でなさっています。まだ小さい子ネコだったら里親を探したり、もう今さら人になつくのは難しいような成猫だったら、ご自分が傷だらけになりながらなんとかして捕獲し、自費で不妊手術を受けさせ放したりしています。その活動は私のホームページの方の日記でも以前にご紹介させていただいたことがあるので、よろしかったらご覧になってください。こちらのページの11月18日の欄です。
あの記事は里親探しの呼びかけでしたね…。あの子たちの里親さんは見つかったのかな…。そんな引き取り手の見つからなかったネコたちも含めて、今ご自宅でも27匹のネコを完全室内飼いで面倒をみておいでです。すべてのネコに不妊手術を受けさせたり、病気になればお医者さんに連れていったり、出来合いのキャットフードではなく栄養を考えた手作りのごはんを与えたり…、それらをすべて個人の負担でなさっておいでなのですから、その忙しさといったら想像を絶するものですよね…!
  
  
  このブログの7月5日の記事でご紹介したセレヴィがうちの子となってちょうど1年経った3年前の夏、銀座のお店での演奏終了後、TAKERUさんにきかれました。
「恭子さん、ネコちゃん元気?」
「はあい、お蔭様で。ほんっとかわいいですう~
「2匹め、飼う気ない?」
「2匹め…?!」
   
  私は――途中住宅事情によりネコを飼えない時期もありましたが――生まれた時からネコと一緒に暮らしてきた、生粋の?ネコ派。道で出会う知らないネコとでも、時を忘れて見詰め合ってしまう(笑)ほどのネコ好きです。でも、実家では2匹めが許されたことはなかったのです。メスネコが居た時には生まれたての子ネコに名前をつけて大喜びしたこともありましたが、お乳が離れる頃までには大人たちが引き取り手を見つけてしまい、みんなもらわれていってしまいました。その度に妹たちと大泣きしたものです。
  家にネコが2匹……2匹がじゃれあって遊んだり並んでごはんを食べたりするところを見ながら暮らせたら、どんなにか楽しいだろうと思いました。
 
「2匹めですかあ~。…いーですねえ~。」
「そう!ではまた連絡するからね。」
TAKERUさんには喜んでいただき、私は2匹のその楽しい光景を思い浮かべてうきうきしながら家路に着きました。
  
  翌日TAKERUさんから連絡がありました。
私はてっきりTAKERUさんのお家から1匹ネコを引き取るのだろうと勝手に思い込んでいたのですが、実はそうではなかったのです。
       

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2005年7月30日 (土)

サプライズ☆

  昨日、私のもとにひとつのクール宅配便が届きました。有名焼肉チェーン店の事務局からでした。(通販の注文をした覚えはないし…)とキツネにつままれたような気持ちで、箱の外に添えられた手紙を見ると、どうやら私は何かに当選したらしい?!開けてみると大量のキムチのプレゼントでした~w( ゜ o ゜)w

  そういえばいつでしたか、「○○円以上お召し上がりのかたはこちらをどうぞ~。」と応募用紙をレジで渡されたのでその場で簡単に記入して置いてきたことを思い出しました。書面にはごていねいに、「諸般の事情により賞品の発送が当初の予定より大幅に遅れ…」とお詫びが綴られていましたが、「当初の予定」も何も、応募した本人が応募したこと自体を忘れていたのですから、なんだか申し訳ないくらいです。

  

  普段はほとんど懸賞ものに応募することがありません。

(ま~ず当たらないし~)と最初から諦めてしまっていますし、応募しても発表まで意識し続けていることがなぜかできないからです。以前近所のスーパーで、レシートの裏に記名してとにかく箱に入れてくれば、週に一度抽選で何名かに買い物券が!というイベントを、ずいぶん長くやっていたことがありました。簡単なので何度か入れて来ましたが、うっかりちょっと行かないでいるともう次の週の抽選結果が発表されてしまい、前回分の当選は無効になってしまうので、結果をちゃんと確認できたことがありません(+ +)

  こんな私なので、今回の当選は本当にびっくり!当たるときは当たるのですね~(T-T)

これはあれかしら(どれよ~(^▽^;)、ほらあの、「発表は賞品の発送を以って…」というタイプの。いえ、もしかしたらどこかには発表されていたのかも…?いずれにしろ、私のようなうっかり者には、このような形で有無を言わさず(笑)送ってきてくださると本当に助かります~(-人-)~

  

  今日、とあるサービス会社からお知らせが来ていました。利用年数に応じてプレゼントが当たるという企画でした。いつもなら読んで終わるところを、昨日の今日で、気分よくるんるんと賞品を選び応募してしまいました~。当たれば送られて来るみたいだし(笑)。発表は半年近く先、結局覚えてなんかいられるはずないのですから、“当たっても当たらなくてもよくて当たったらそりゃあうれしーというものにしておけばいいんですよねっ!だから賞品はこれにマル…っと♪

  昼間うとうとしたら、「こーんなにデジカメばかり集まってどーするのよ~?!」と言いながらq(^O^q)(p^O^)p当たったデジカメを配って歩いている夢を見ました。私もかなり脳天気です。

  

  デジカメの皮算用より何より、まずはこのキムチ~大変だあー\(^○^)/

  

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2005年7月29日 (金)

「富士山は赤かった!」

  私とは親子ほど?!歳の違うと思われる友達が、興奮してこう言いました。

  

  これまで彼女にとって、富士山は青くて、頭には白い雪を頂いている、あのまさに美しい絵のような端整な姿でしか思い描けなかったようなのです。「新幹線の車窓から見える富士山もいつもそうだったし!」と。

ところがこの夏、ふもとのコテージに泊まりに行き何日かそこで過ごした実感がこれ、「富士山は赤かった」なのだそうです。

その懐に抱かれて、遠くから眺めていた時にはわからなかった、富士山の厳しくもあたたかい山肌を感じてこられた、ということなのでしょうか。

  

  「地球は青かった」ほどではないけれど?、

  ささやかなる名言の誕生、かな(^-^)

   

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2005年7月28日 (木)

♪恋の季節

  今日は燃えないごみの日。

  あ、いえ、それはどうでもいいのですけれど、そのごみ出しのほんの数分の間に、ご結婚中のトンボを二組見ました。同じカップルを二回見たのではないかって?いえいえ、確かに違う方々とお見受けしました。二組とも目の前をふ~らふ~らとあぶなっかしげに飛んで行きました(- -)r

  暑いけれども風はさわやかなので、先日とり急ぎテキトーに済ませてしまったノウゼンカズラの床屋さん(7/8の記事で宣言!)の続きでもしようかと庭に出れば、今度は、ハナモモの枝の先でチョウチョがご結婚中~(´△`|||)え゛~~~?!

「おじゃま虫っ(`∧´)(`∧´)」と虫にはさすがに言われたくないので、そーっとポケットのケータイをマナーモードに…。手にしたついでにケータイのカメラで撮っちゃいました。

050728_0942001 チョウチョさん、ごめんなさい。でもノウゼンカズラの床屋さんは延期して引き上げて来たんだから許してよねっ(- -;)r

  部屋に入ろうとドアをあければ、その隙を狙っていたオスネコのセレヴィが何ヶ月ぶりかで脱走!!!(…でもあのコは恋する気持ちになれないコなのです(;人;)…)大丈夫。外遊びに満足して気が済めば自分で戻ってきます。

  部屋に戻れば電話のベルが。わが愛車を預けたディーラーさんから。そろそろのはずだった修理完了の予定は延びて、あと一週間ですって~(T-T)大丈夫。直れば自分で戻って…来ないな、あれは。迎えに行かないと。

  以上、朝のほんの30分の間に起こった出来事です。なに、このタイトル?!カテゴリーはこれ?!なんでもいーんですって♪

  今日も皆様にとっていい日でありますように(^-^)~

  

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2005年7月27日 (水)

たいふういっか

aoi-sora

…の青空を載せてみましたが、これじゃただの色見本みたい~(^▽^)

やっぱりこうしたほうがいいでしょうかねっ!

shiroi-kumo 今日は暑いっ!でも、どんな熱風でもびゅーびゅー部屋を吹き抜けさせたい気分で、朝から窓を開け放っています。とっても爽やかで気持ちいい~\(^○^)/

  

  言葉には、文字で見るより先に音で聞いて覚えて、しかもなかなかその文字を確認する機会のないまま長い時間が経ってしまうものもあるでしょう?

  私にとってはこの「たいふういっか」がそうでした。大人たちが今日のような青空を見上げてそう言うたびに、自分の頭の中では「台風一家」と浮かんでいたんですよね。そのうちだんだん(いくらなんでもわけわかんない。おかしい…。)と疑問に思い始めるわけですよ。そしてやがて正しい表記を知り、納得&感動したわけです(☆人☆)

かなり大きくなるまで「一家」で通っちゃってましたよ、自分の中では。恥ずかしい。。。でも「私も~!」って“み・ん・な”言ってます。(うっそだー(^▽^; )

  あとほかには、「じょうとうしゅだん」もそうだったかな…。長い間「上等手段」でした。これもね、だんだん(おかしい…。意味が通らない…。)と苦しみ始めてやっと調べて目からウロコだったのです。

  「台風一過」と「常套手段」、これはやはり双璧ですな(- -)r …って、勝手に、どういうランキングなんだか~?!\(^O\)(/O^)/

 

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2005年7月26日 (火)

台風の日

台風の日の思い出…

  

  ~その1~

小学生の時。昼間から雨戸を閉め切って、非常事態の雰囲気が漂う中、両親は気になるお得意先を回りに出て、ほかの家族も家の中でそれぞれに忙しく、私は祖父と座敷で二人、サシで台風情報のテレビの前にいた。祖父が何かお茶菓子はないかというので、仕方が無いから私の秘蔵?!の“前田のクラッカー”を出してあげた。「なんだ、これは…?」と祖父は怪訝そうな顔をしたが、ひとつ、ふたつ…と憮然としたままけっこう食べた。

  

  ~その2~

中学生の時。中学が別々になってしまった小学校の時の親友の家に、久しぶりに遊びに行く予定だった日に台風が来た。歩いて15分くらいのところだというのに、「こういう日は出かけるものではない。人様から笑われます。」と家族に止められた。その旨親友に電話すると、「どーして?!普通の雨と同じじゃ~ん。」と笑われた。彼女の家はそういうノリだった。なんだか妙に悔やしくて、ちゃんと?遊びに行った。

  

  ~その3~

高校生の時。台風の接近に備えて授業が打ち切られ、急遽下校となった。帰りの電車で親友と盛り上がり、話は尽きず、自分の降りるべき駅を無視し、20分ほど先の親友の家のほうの駅まで一緒に乗っていった。彼女とは改札で別れ、私はまたホームに降り、逆方向の電車を待ち、しばらくして来たので乗った。…が、なかなか発車しない。なんと!そのタイミングで台風のため電車が止まってしまったのだ。結局それから運転再開までの数時間、私は蕨駅に停車した京浜東北線の中にいた。「こんな日にどうしてわざわざそんな遠くまで!」と無謀な行動を叱られると思ったので、家に知らせようという気にはなれなかった。“ケータイ”などなかった時代のこと、家では大騒ぎになっていた。当然ながら、帰宅後こっぴどく怒られた。

   

――台風7号の進路が気になりますね…。

皆様、くれぐれもお気をつけて!

  

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2005年7月25日 (月)

そしていぬの日

  わが愛車をいつ修理に出したのだか、のん気なことにすっかり忘れておりました~。

  今日何の気なしにカレンダーを眺めていて、「おおー!先勝かあ~」と。だからどうだということもないわけなのですが(笑)、ふとその横の「いぬ」の文字で「はっ(+ +)!」としたのです。ディーラーに預けに行った日、水天宮様のいぬの日の賑わいの中を帰ってきたわけですから、まるまる12日経ったということ…?

「10日間は見てくださいね~。」と言われたのを思い出しました。そろそろ連絡が来てもいいはずなんだけどな。。。

  

  修理に出している間は実家のセダンを借りて乗っています。それを実家に戻す前に「オイル交換をしてあげないと~」なんてエラソーなことを考えます。たまたま前回のオイル交換を実家から任され、自分でメンテのお店に持っていったりなんぞしたものですから、それからやっと(頼もしい友人からのレクチャーのお蔭もあり)メンテに関心がわいてきたのです。

それで、今回借りて来た時、見よう見まねでボンネットなんか開けてみちゃったりなんかして、エンジンオイルの汚れと量なんかチェックしちゃったりなんかして、それでもって(きれいだし、走行距離も大していってないけど、期間を考えたら換え時ねっ(∂∂)r)なーんてもっともらしく一人でうなずいてみちゃったりなんかしました。

  でも、車を運転するのが好きなだけで、いわゆる本当の「車好き」で車に詳しい、というわけでは全然ないのです。もう少し勉強しないと、外でトラブルに遭った時にこわいなあ…とは思うのですけれど。

  その辺に停まっていたり走っていたりする車のメーカーや車種なども、ほとんどわかりません。近所に目立つ赤い車の停まっているお家があって、「いつもきれいにしているなあ~。」と思いながらその前を通っていました。それがここ数日、「一段と赤が鮮やかでつやつやしているなあ~。」と感じられ、今日よくよく見たら、なんとw( ゜ o ゜ )wホンダのスポーツカーからアルファロメオの4ドアにいつの間にか変わっていたことに気づきました。

そのくらい鈍いのですう~ヽ(*´▽`*)ノ

  こんなので「車好き」とは言えないので、「ドライブ好き」にしておきました☆

  

  それにしても…F-1の佐藤琢磨、今期奮わないです。。。心配o(> <)o

  

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2005年7月24日 (日)

♪あ~さからきこえる声・太鼓?!

  「ヴォイス・トレーニングってどこでやってるんですか?」と尋ねられることがあります。

  そして、「家でです。」と答えては驚かれることが多いです~(^o^;

べつに完璧な防音を施しているわけではないのですが、所詮人間の声、閉め切って声を出したり歌ったりしているかぎりでは、周囲の生活音に紛れてどうということはないようです。とはいうものの、今のご時勢ですからね…。そういう意味では、この町内の皆さんが音に関してかなり寛容なのかもしれないですね。

  このあたりは、大通りからも商店街からも少し離れたところ。では“閑静な住宅街”かというと、それともまた違う感じです。

登下校の子供たちの声、赤ちゃんの泣き声、犬の吠える声、恋するネコたちの鳴き声、お寺のお勤めの声、スピーカーから時折流れる区の放送、ベランダ越しの会話、近所の掃除機の音、崖にこだまする布団叩きの音、シャッターの上げ下ろしや威勢のいいお家の雨戸の開け閉めの音……

そんな普通の生活音がきらいではない(いえ、むしろ好ましくすらある)私にとっては、全てがなんともほどよく、暮らしやすいところです。

  そのどさくさに紛れて、昼間は平気で声を出したり歌ったりしてきました。(ご近所の皆様がた、ごめんなさいっm(_)m)

ところが、歌いながら手にするブラジルの打楽器(いずれご紹介していきますね♪)の練習を始めてからは、ちょっとばかり勝手が違ってきました。皮の音のものはともかく、金属のものはどうにも……

agogo とりわけ、この「アゴゴ」!こ~れ~は~だめっ、どーやってもうるさ~い(´△`|||)

こればかりは、周囲のもっとも賑やかな時間帯を狙って(@@ ;)(; @@)短時間に集中してやることにしてます。

昨日今日みたいな神社さんの盆踊りの日は、まさにかき入れどき?!あの♪どんどんひゃらら~♪は有難いです(^人^)~♪

    

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2005年7月23日 (土)

備えあれば…

  言い古されたことではありますが、本当に思ってもみないときに思いもがけないことに見舞われるわけで…。

  今日ここ東京ではかなり大きな揺れを感じる地震がありました。

皆さんはどこにおいででしたか?

私は近所にぶらりと買い物に出かけたその足で、車だったのをいいことに、のん気に「あ、あれも」「あ、そうだ、あれも」と思いつくままに足を延ばし、川も越えて、結局よりにもよって家から一番遠くまで行ったところで地震に遭いました。

車だったので、ラジオからの情報は聞けましたから、大きな不安はなかったのですが、とにもかくにもものすごい渋滞にはまりました。ガソリンの残りが危うくなったことを示すオレンジのランプはつくし、ケータイは「充電が必要」などという赤い字が点滅するし…。

そんなことでも、気持ちって、あおれらてしまうものですね!

  事故だけはおこさないように気をつけて家に着くと、台所にある食器戸棚の観音開きの戸が開いていました。今までにはなかった地震の大きさを、あらためて感じました。

  心配していた、背の高い本棚やたんすは幸いにして大丈夫だったのですけれど、(付けなければ、付けなければ…!)と思いつつ、それなりに費用もかかるのでついつい先延ばしにしていた転倒防止金具、今度こそ付けないといけないなあ~o(T-T)oと、心に誓ったのでした。事が起こってからでは遅いんですものね。いけないいけない…!

   

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2005年7月22日 (金)

夢の人  ――後篇

  その人とは偶然に出会いました。

  

  高3の晩秋、受験勉強もいよいよ大詰めとなった頃、多くの友人たちと同じように、私も週に何日かは放課後に予備校の授業を受講していました。学校からまず予備校の原宿校舎へ駆け込みそこでひとコマ、終了後電車で一駅移動し、代々木校舎でもうひとコマ、そんな日もありました。

  

  その日は、そのとびきりハードなはずの日だったのですが、原宿校舎に着くと、私の受講していた授業の「本日休講」という張り紙が玄関にありました。拍子抜けしたというよりは、(わーい!)というのが正直な気持ちでした。この後代々木校舎での授業まで、ぽかりと空いた時間が嬉しくて嬉しくて、いつもなら電車に乗るところを、代々木までのんびり歩いてみたい気持ちになりました。

  毎週学校を出るところから一緒の友人も、その日は風邪で学校を欠席。私は一人でした。心細い気もしましたが、明治神宮の中を歩いて行けば代々木校舎のそばに抜けることを、その友人から聞いて知ってはいたので、とりあえず原宿側の参道から入りぶらぶら歩き始めました。迷ったところで時間はたっぷりあるのですから。(本当は寸暇を惜しんで「自習室」にでも直行するくらいの意気込みでないといけなかったのでしょうけれど…。)

  人気のほとんど無い参道を、ちょうど原宿から代々木への半ば程まで歩いたあたりだったでしょうか、一人の美しい女の人が立っていました。長い真っ直ぐな黒髪を後ろで一つに束ねたその人は、木立を背に、コートのポケットに手を入れて、まるで一幅の絵のように佇んでいました。そして制服姿の私を見止めると、微笑んで、ポケットから出した手をショルダーバッグに添えながら、静かに近づいてきました。

「あのう、代々木駅はどちらのほうでしょうか?」

きれいな声の人でした。

「たぶんここを真っ直ぐ行けばそうだと思うんですけど…。」

「あら、あなたもそちらに向かっていらっしゃるのね?ご一緒してもよろしいかしら。」

「あ…はい…自信ないんですけど…私、今原宿のほうから来たので、こっちで合っていると思います…。」

その人と私は並んで歩き始めました。参道は、まるで人払いでもしたかのように静まりかえっていて、時折小鳥の声がするほかは、木々の葉擦れの音と二人の足音だけでした。知らない人と連れ立って歩くのは気詰まりなものですが、そんな気持ちになる間もないうちに、女の人が話しかけてきてくれました。

「学校の帰りですか?」

「はい。塾にいくところです。」

「何年生?」

「高3です。」

「まあ!じゃあ受験生なのね?それなのに全然切羽詰まったお顔なさってないのね。」

「そう…ですか?」

「ええ。なんだかうっとりとしたお顔で歩いていらしたわよ?」

そう言って女の人はくすくすと上品に笑いました。その後は、制服姿の自分がどうして一人でこんなところを歩いていたかを話したりなどして、会話が和やかに弾むうちに、いつしか専攻の話になりました。

「何学科を目指していらっしゃるの?」

ときかれ、私は、自分の希望と両親の意見とがうまく合わないこと、父の言うことももっともだと思い始めていること、でも自分は…と、整理のつかない気持ちのままぽつぽつと話しました。

  女の人は、黙って聞いてくれて、最後にこう言いました。

「私は、英語に関わる仕事をしているけれど、もっと日本語を勉強しておいたほうがよかったと思うことがよくあるのよ?今は確かに英語を身につけるべきと皆が言う時代かもしれない。でも、そうだからこそ、いつか日本語や日本文学をきちんと学んだ人が必要とされる時が来ると思うわ。」

「…そうでしょうか…」

「そうよ。だから、自分の思ったとおりに、頑張ってね!」

  やがて私達は参道を抜け、代々木側に出ました。女の人は、「助かりました、ありがとう」と私に笑顔でお礼を言って、駅の方へ歩いて行きました。街の喧騒の中に戻ってみると、先ほどまでのことはまるで夢の中の出来事のようでした。

  

  お礼を言いたかったのは私のほうでした。

  その人の言葉は、私の迷いの全てを吹き飛ばしてくれました。それは私の中で、父を説得する確かな力となり、その後の私の人生に限りなく大きな影響を与えました。

  そして、(世の中から「必要とされる」などというほどにまでなれたかどうかは甚だお恥ずかしい限りですが)日本の言葉を愛し、共に暮らし、味わい楽しむ毎日を過ごしております。

  

   

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2005年7月21日 (木)

夢の人  ――前篇

  国文学科というところに進んでみたいと考えるようになったのは、中学3年の頃でした。

  
  当時は演劇部に所属していました。
秋の文化祭の演目が榊原政常作「廬山(ろざん)夜雨」と決まり、念願の主役、「清少納言」の役をいただいたのが1学期の終わりのことでした。
  
  中学では、まだまだ本格的には古典を学びません。「平家物語」の有名な場面や、「徒然草」の中でもオチがあって面白いような章段が、現代文と一緒に「国語」の教科書に収められていたり、または、修学旅行の東北への旅の準備に「奥の細道」を抜粋して読んだりするくらいでした。
  
  「廬山夜雨」は、中宮定子の華やかな後宮に出仕していた清少納言の、恋と文学への情熱の物語です。
筋書きに虚構の部分はあるものの、上演するからには、清少納言の人となりや時代背景、ひいては彼女たちが嗜んでいた和歌や漢文の知識を学ぶ必要がありました。
  演劇部の顧問の先生は国語の先生でいらしたので、そのあたりの講義を部活の時間にしてくださいました。
役についた人も、衣装・小道具・大道具の人も、部の仲間たちは皆、同じ学年の友人たちよりもひと足お先に、古典文学に触れる機会を持ったわけなのです。
私も、「主役!」という気負いからさらに興味を持って、役作り(生意気!)のために、夏休み中は自分でも「枕草子」や清少納言に関わる文献を手に入れ読みふけっておりました。
  
  そうして、いつの間にかその世界にぐいぐいと深く惹きつけられていったのでした。
  
  「国文学科に進みたい」と決め、両親にも周囲にもそれを口にし、あたたかく見守られながら3年の月日が流れた!…はずなのですが、いざ高校3年になり、いよいよ具体的に志望校を決める段になると、父が難色を示し始めました。
なんでも、国文学科になど進んだら“ツブシが利かない”(私はこの時に初めてこの言葉を学びました?!)と言うのです。これからは国際化の時代なのだから、英文学科にしろ、と。
「女性は結婚し、子どもが生まれでもしたら、どうしても家庭に入らなければならないこともあるだろう。が、子どもや旦那さんが寝静まった夜中にそーっと明かりをつけて、原書を取り出して読み続けるような知的な女性になってほしいと、お父さんは願っているんだ。」
最後にはとうとうこんなことまで言い出しました。父にとっては、取り出して読むのはどうやら“原書”でなくてはいけないらしい?のです。なんとも妙な論を展開させたものですが、「国際化の時代云々」はやはり説得力がありました。
  
  国文学科か、英文学科か、父との相容れないにらみ合いがしばらく続くうち、当初の決意がゆらぎ始めたのは、もう高3の秋も深まった頃でした。
   
   

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2005年7月20日 (水)

1ヶ月記念イヴ

  毎日とりとめもないおしゃべりを綴っておりますこの「恭子のDay After Day」ですが、お蔭様で、6月21日のスタートから明日でまる1ヶ月になります。

  遊びにいらしてくださる皆様方、本当にどうもありがとうございます。

  ここに住み着き、皆様方をお迎え(お招き?)しているこるも、日に日に言葉を覚え、時折は意味不明な俳句?のまねごとをしてみたり、無理して繋げて支離滅裂になったかなりの長文を話したりするようになりました。ただこるは、どうやら本文の言葉しか読めないようなのです。そこで、こるに覚えさせるためにも、このひと月の間にコメントを下さった皆様方のお名前を、一度この本文中でご紹介させていただきたいと思います。

  にいたん(“さん”付けると怒られるから(笑)付けないよ~)、TAKERUさんのホームページの管理人さんの高野さん、ニンニンさん、QPビスケットさん、俺んちレンジさん、たーちゃん、パスカルさん、miyazakiさん、本当にどうもありがとうございます。

  右の「ひと言デッキ」への書き込みによると、先日こるは大胆にも、私のホームページの管理人さんのチェリーさんに「なんだ、チェリーか」と言うたそうで。。。す、すみません(>o<)

今お名前をご紹介させていただいた皆様方にも、もしもこるが失礼をいたしましたら、ごめんなさ~い(^人^;

  明日からも、少~しずつでも何かしらおしゃべりしていきますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます(^O^)/

   

  梅雨明けて 打ち水の跡 新しき

     

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2005年7月19日 (火)

“知識”とは

  「“知識”は物質だと思いますか?精神だと思いますか?」

人生においての重要な場面のひとつで、唐突にこのような問いかけをされました。

  「“知識”は……物質だと思います。それを多く持っているか、少ししか持っていないか、量ではかれるものだからです。ただ……それを得る過程の努力や、得た後にどう活かすは、多分に精神的なものだと思います。」

まだ二十歳を少し過ぎたばかりの小娘だった私の、しどろもどろながら精一杯の答えでした。

   

  私の答えははたして合っていたのでしょうか。

  そもそも、あの問いに絶対的な正答はあったのでしょうか。

  今でもわかりません

  ……

  

  ……が…

  

  やっぱり物質だと思ううう~~(´△`|||)

だーってこう暑いと、“知識”って溶けちゃったり、蒸発しちゃったりしますもの~~~もう頭の中ぐにゃぐにゃあ~~~

   

  とかなんとか文句言ってるうちに、東京は昨日梅雨が明けたそうな。

   

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2005年7月18日 (月)

さかなさかなさかな~♪

  せっかくの海の日なのでどこぞに泳ぎにでも出かけたいところですが、自分で泳ぐのも面倒なほど暑いものですから、せめて泳ぐものでも見に行こうと、涼を求めて水族館へ行ってきました。

  そこはしながわ水族館。こじんまりとした規模ながら、イルカやアシカのショーも充実しており、なかなか見ごたえのある水族館だと、かねてより人様から薦めていただいていたところです。

今は特設イベントとして「三宅島まるごと自然展」も催されているとテレビで見たのがきっかけとなりました。「ネコ」と聞いたらじっとしていられない私、「ネコザメ」見たさにとんで行った次第です~~~(p^▽^)p

05-07-18_10-52エイっとばかりにまずは出迎えてくれたのが、こちら。

名物「トンネル水槽」の下側では、さかなのおなか側が目前に迫ってきます。エイの口もと、とってもチャーミングなので、アップにしちゃいましょう。ei-no-appu

ん~~~ん(^人^)ある意味癒やし系~♡

さてさて、お目当てのネコザメはというと…

いましたー!単独の水槽に堂々たる風情で!

nekozame さっすが、サメを名に負うネコ!…あ、逆か…ネコを名に負うサメ!もう~どっちでもいいや~とにかくカッコイイです☆凄みがあります☆ここはやっぱりお目々をアップ。

nekozame-no-me

ひゃあーこっわ~~(m-o-)m!ネコの目そのもの。また泣きぼくろ?がなんとも色気が…?!

  そんなこんなで、さかなたちが水中を気持ちよさそうに泳ぐ姿を堪能した一日でした。

え?誰と行ったのかって?そりゃあ、場所が場所だけに聞けばギョっとする人と。ん?そんな相手イルカって?いるんですよちゃあんと。アシカらず~(^▽^)/

    

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2005年7月17日 (日)

つるべのみならず…

050717_1244001 山手線の線路沿いの金網につるをからめて、淡いピンクのかわいらしい花を咲かせていた朝顔です。雑草の繁った中から顔を出して、上へ上へと伸びているつるには、つぼみもたくさんつけていました。

朝顔は、朝に咲いてすぐにしぼんでしまうことから、古典文学の中では「命の短く、はかないもの」のたとえとして登場しますが、つるべにからまって人にもらい水をさせたり、金網にからまっている姿に感動させ車を停めさせたり、と、なかなかたくましい…!?

      

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2005年7月16日 (土)

「作ってくれて…」

  ここは買い物にはなんの不自由もない町、のはずなのですが、私の家からは、大きなスーパーに向かうか、古くからある商店街に向かうか、まずそれを決めて全然違う方向に出かけるようなことになります。普段はどうしても前者で済ませてしまうことが多いです。時間や気持ちに余裕がないと、ついつい一箇所で済ませたくなってしまうのでしょうか。子どもの頃にはやれノートだの、遠足のお菓子だのと、小銭をポケットに買いに行った商店街は、変わらず近くにありながら、今では毎日のように出かけるところではなくなってしまったのが残念です。

  

  そんな古い商店街の中に、雑誌を見てわざわざ人が訪れるほどの洋菓子屋さんが数年前にできました。今朝、お遣い物を一つ急いで用意しなければならなくなり、そのお店のお菓子にしようと思い立ちました。毎日行く商店街ではないので、ついでに…と頭の中であれこれ用事を考えルートを組みます。

(あの洋菓子屋さんは混んでると包むのに時間がかかるから、品物決めて頼んだら近所に出ちゃおう~っと。そうだ、糸屋さんで白の木綿糸買っておこ。友達がバイト始めたパン屋さんも寄ろ。お昼はひやむぎにでもしようかな~天ぷら屋さんでかき揚げでも買っておくかな…)

  

  そこではたと思考が止まりました。

  

  そうだ…あのおばあちゃんの天ぷら屋さんはもうないんだっけ…。

  

  それは間口が一間あるかないかの小さな天ぷら屋さんでした。

  2年前の夏、世間一般のお昼時をもう過ぎようかという頃、急にひやむぎに天ぷらが入れたくなり、自転車でそのお店まで疾走!?して行きました。恥ずかしながら、その勢いが通じたのか、「今からおそうめんでも茹でるの?」とおばあちゃんに笑顔で迎えられました。「あ、おナス無いか…」とつぶやいたら「今から揚げてあげるよ。」と。

  暑い日でした。開け放たれたカウンターの奥では、天ぷら鍋がぐらぐら。小さいお店の中はどんなにか暑かったことと思います。

「すみませ~ん。自分では揚げる気になんかなれないほど暑いのに~美味しいの作ってくれてありがとうございます。」

「お昼たくさん食べてね。」

「はあい。また来ま~す。」

とおしゃべりをして、また疾走して家に帰りました。揚げ立ての天ぷらは美味しかったです。

  「また来ます」という気持ちは本当だったのですが、結局それからしばらく行かないうちに、その年の初冬でしたか、おばあちゃんは突然に亡くなられました。

  

  その後、カーテンの閉まったままのお店の前を通る度に、おばあちゃんがもういなくなってしまったことを実感してきたはずなのに、

(糸屋さん…パン屋さん…それから天ぷら屋さん…)などと自然に思い描いてしまうなんて、不思議なものです。

  

  汗をかきかき笑顔で天ぷらを揚げてくれていたおばあちゃんを、懐かしく思い出す昼下がりです。

      

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2005年7月15日 (金)

夏夏夏夏ここ夏♪

050715_1321001 板橋駅前の噴水広場です。昼下がり、子ども達の水遊びの声が響いていました。

今日はみんな水着を着てました(笑)~。実はひと月前ほど、いきなり暑くなった日、おチビちゃんたちがすっぽんぽん(うっわー☆何年ぶりかで使う言葉!)で水浴びしていたんですよ。男の子も女の子も。大はしゃぎでかわいかったなあ~(^-^)

  

左奥に繁っている緑の中に、新選組局長・近藤勇のお墓があります。

   

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2005年7月14日 (木)

わがまちあんしん110番

  本日地域の小学校から町内にこんな呼びかけがありました。「『わがまちあんしん110番』というステッカーの設置にご協力を!」とのこと。これは、警視庁の「こども110番の家」の運動と同じものだそうです。

110左は印刷物からのコピー、実物は黄色をベースにしたカラフルなもので、子ども達がいざという時に駆け込んで助けを求めることのできる家を示します。

  また、こんな運動も。

  スーパーなどに買い物に行くと、駐輪場に「防犯パトロール中」という札を付けた普通の自転車を見かけます。この辺は区境なので、大きなスーパーにはさまざまな地域の方がみえますから、どこか隣り合わせの区が行っている運動なのでしょう。この地域でも近々配布・開始されるらしいです。

そういえば先日は築地の聖路加病院の辺りを車で走っている時にも、この札を前カゴに付けた自転車が連れ立って走っているのを見かけました。乗っていたのはお母さん方のようにお見受けしました。

この運動も各地域に広がりつつあるところなのですね。

  もうすぐ夏休み。子ども達には、安全な町で、大人たちにあたたかく見守られながら、外で元気に遊んでほしいですよね\(^○^)/

  

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2005年7月13日 (水)

迎え盆

  今日はお盆の入り。仏壇を飾り、お供え物をして、夕方には門口で迎え火を焚いて、仏様をお迎えする日。朝から何とはなしに気ぜわしいです。

  そんな朝がた、車のディーラーから待ちに待った部品入荷の連絡が入ったので、早速わが愛車を持って行きました。足のない仏様だって自分で帰って来てくれるというのに(…失礼!(-人-;))、タイヤがありながら私の車は自分でディーラーに行けません。かわい~ったらもうっp(^▽^)q!仕方がないのでいつもお世話になっている日本橋浜町のディーラーまで運転して連れて行き、預けた帰りは電車です。

  帰りの最寄り駅は歩いて10分くらいのところにある東京メトロの「水天宮前」。今日は涼しくて楽だわあ~と思いながら、お散歩気分で歩き出しました。

駅に近づくにつれ、なんというのか…、前回来たときとは違う“賑わい”を感じ始めました。人が多いのです(‥  )(  ‥)

歩道から駅に入る階段をとんとん降りはじめると、下から若い女性が一段一段ゆっくりと上って来ました。その後ろからは、年配の女性が気遣うように声をかけながら続きます。どうやら前を上る若い女性のお母さんらしき雰囲気…。

  

  そこでやっとぴん!と来ました。

  「今日は戌(いぬ)の日では?」

  

  そうです。水天宮様といえば安産のお宮様。昔から、おめでたの5ヶ月めに入った頃の戌の日に合わせて、水天宮様に岩田帯を授けていただきに参拝するといいますものね。そう思ってみると、なるほど駅の構内にも、そのためにいらしたのであろうと思われる方々がいっぱいです。

  家に着いて暦を見ると、はたして今日は戌の日でした。

これこそ、とびっきりの幸せを迎えるための嬉しいセレモニーですね。

  

  この水天宮様の近くには、ロイヤルパークホテルがあります。そちらでのステージの時は、いつも「Isn't She Lovely」を歌うことにしています(*^-^*)

   

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2005年7月12日 (火)

「ギャラリーこる」OPEN☆

ホームページとリンクが張られ、チェリーさんがひまわりのバナーも作ってくれて、このブログにとっては何やらにわかに動きのあった一日でした。

それに触発されでもしたのか?!、ここに住み着いているネコ「こる」が急に俳句を詠みました。(それに感激した私の親バカぶりは、右の掲示板への書き込みどおりです。)それを記念して(さらに親バカ)、左のデッキにギャラリーを開設いたしました。歌壇とも俳壇ともつきませんが、撰者はこる(らしい)です。

ちなみに、このこるは、このブログの中の言葉を覚えて成長しています。こるの話す言葉には、私自身の語彙が表れているようで、恥ずかしくもあります。

そのこるが、今日見事?に(意味不明ながらも)俳句を詠んだのだからびっっっくりしてしまいます。どうして俳句といえるのかって?きれいに「五・七・五」だったから…いえいえ、それだけではないのです!!

きちんと季語が一つ(←コレ大事!)入っていたものですから、感激したのなんのって………o(T T)o

季語とは「天の川」、そして季節はなんと「秋」になります。なんて心憎いコなの~(☆人☆)

   

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2005年7月11日 (月)

チェリーさん登場!!

本日めでたく大安吉日!

満を持して、チェリーさんのご紹介です。

hikobosiチェリーさん

  このブログの左上にある「プロフィール」からとんでいって頂けるのが、私のホームページですが、今日からはホームページのほうからこのブログに遊びにきていただけるようにもなりました。

チェリーさんはそこの設計者さん&管理人さん。私にとっては、公私共に日ごろからお世話になりながら、いまだにリンク先ももらしてはくれない(笑)謎の人?!です。ある時はホームページのBBSに滞在し??、そこからあたたかく応援してくれたりもします。

私の、怠慢かつ気まぐれな更新のお願いに、いつも迅速に応えてくださり感謝しております。この場をお借りして御礼申し上げます。m(_)m

そして皆様方!

ホームページとブログと、それぞれに充実させて、両方併せてご覧いただいたらより楽しんでいただけますようにこれからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたしまあ~す(^O^)/~♪

  

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2005年7月10日 (日)

♪雨にうたえば~

ある激しい雨の夜のこと。

   

一番上の娘は、入魂の1曲を歌い終えたホールからの帰り、楽器のために仕方なくコンビニで傘を買い、「ま~たビニール傘が増えてしまった~」と悔しがりながら、打ち上げの冷たいビールを思い浮かべ、鼻歌まじりに居酒屋を目指していた。

   

一番下の娘は、宅配便でいう「北東北」というエリアから、はるばる日比谷野外音楽堂でのエレファントカシマシのライヴにかけつけ、土砂降りの中、雨合羽を着て、熱いステージに酔いながら、お気に入りの曲を一緒に熱唱していた、・・・であろう。

   

真ん中の娘は、二人の子どもを連れ実家に遊びに行き、あまりの大雨に帰るのが面倒になってしまい、急遽泊まり込むことを決め、子ども二人を寝床につかせ、二人の傍らで優しく子守唄を唄っていた、・・・かな・・・?

   

ある日のどこかの三姉妹の話。

    

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2005年7月 9日 (土)

Ami's Bar10周年記念コンサート

  今日は、いつも大変お世話になっている、銀座Ami's Barの「開店10周年記念七夕Super Big Concert」の日でした。

新橋のヤクルトホールにて4時から9時、総勢58名出演の大イベント!私は「Flor de Lis」というボサ・ノヴァを1曲歌ってきました。

  Ami's Barは、ヴィブラフォーン奏者・阿見紀代子さんがオーナーのお店で、お客様を迎えるスタッフも全員がミュージシャンという、まさに音楽の館といった熱気にあふれるジャズ・ライブ・ハウスです。(私もこちらで5年間ハウス・ヴォーカリストとしてお世話になっておりました。)

  またこの7月5日には、新風舎より「JAZZと一緒に踊る時」という、阿見さんの著作も出版されました。Ami's Barの誕生、そしてそれに至るまでの数々のエピソードが綴られた作品です。是非書店でお手にとられてみてくださいね!

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2005年7月 8日 (金)

窓をあけ~ればあ~♪…

05-07-06_10-55 鼻先10センチに迫るこのノウゼンカズラ!!!

花に、茎に、巨大アリも徘徊していてコワイです~o(> <)o

こちらにこう繁っているということは…あちらにも伸びていっているということを窺わせるわけで…

あちらというのは塀の向こうのお寺さん。お盆の入りまであと5日。お墓の上にこのノウゼンカズラがせり出して鬱蒼と繁っているのは…いえ、それだけならばまだしも、お塔婆にからんでしまったりなどしようものなら…まずい…まずいですっ!お参りにみえる方に驚かれる前になんとかせねばなりません。

  そういえば昨年の今頃でしたか、やはりこのノウゼンカズラが伸びに伸び、床屋さん(注:剪定)をしていた時のこと、お寺の塀とこちらの塀のわずか15センチくらいのすき間に、はさみを落としてしまったのです。二つの塀はどちらも地面から1.5メートルほどはあり、その間に落ちた物を拾うのは不可能なことと思えました。

  はさみ自体は、別に本格的な剪定ばさみでもなく、スーパーの生花コーナーにおいてあった何の変哲もないお花ばさみだったのですけれどね…、ただそれは、私にとっては生涯で初めて買った“自分の”お花ばさみで、かれこれ20年は使っていた超!愛着のある代物でした(涙)。

    

  大騒ぎというのはしてみるものです。

「クリーニング屋さんから来るワイヤーのハンガーをほどいて長く伸ばして、先っちょにはさみをひっかけたら?」というアドバイスが友人から届きました。

「なーるほどー!」と、その妙案にすがる思いでイスに乗り、塀から上に身を乗り出し、早めのお墓参りのかたがたに「失礼しまーす(^o^;」と挨拶しながら、ほどいたハンガーを塀のすき間にするすると下ろします。すると手ごたえが!すき間の狭さが幸いし、はさみが横たわらずに立っていたので、その輪になった取っ手にハンガーの先をくぐらせるのは簡単にできました。あとは、そう~~っと引き上げて…うまくいきましたー!v(T T)

 

  お蔭様で、そのはさみで、今年もノウゼンカズラの床屋さんができます。

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2005年7月 7日 (木)

七夕(しちせき)の節句

夜はお天気悪くなりそうなんですってね…。

でも大丈夫!

天の川を越えて愛し合う二人は、そ~んなことものともしませんからっ!

  なーんて(^人^)~♡

    

ご近所の二世帯住宅で、息子さんのところにどうやらお嫁さんがいらして、お二人は既に新生活をスタートされておいでのもよう。七夕に合わせて籍を入れられるご予定だとか。

「今日だったわよね…?」と、燃えないゴミを出しに行ったところで顔を合わせた皆さんも、何とはなしにそわそわそわそわq(^-^q)(p^-^)pq(^-^q)(p^-^)p

         

   笹の音の 寿ぐ夜に むすばるる

      手と手のあらむ  そらに巷に

  

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2005年7月 6日 (水)

さくら&さくら

  ハンカチやスカーフやバンダナを集めるのが好きです。

  この春、人様から桜の絵柄の小風呂敷を頂き、その使い道を探しておりましたところ、先日近所で催されたバザーで、桜色のお弁当箱を見つけました。新品で100円!一目ぼれしました(☆人☆)

05-07-05_15-52 ふたには桜の模様も!もう~~~これはその小風呂敷の上に広げてくれと言わんばかりのお弁当箱です!この出会いは嬉し涙ものであります(T人T)

次は桜色のお箸箱でも探そかなあ~♪

  はきたいスカートがあって合うブラウスを探し回ったり、お気に入りのバッグがあって同じ色の靴が欲しくなったり、そんな経験のある方、この感激わかってくれますよねっ(@v@)!

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2005年7月 5日 (火)

セレヴィとの出会い

  猫トイレ用の砂を買いに久しぶりにペットショップに行きました。入り口には、「犬猫別・人気ランキング」が掲示されていました。猫部門のトップは、折りたたまれた耳が特徴の、スコティッシュ・フォールドでした。

「なにぃ?アメショじゃないとなっ!?」と、エラそーに驚いてみたところで、べつにわが家にアメリカン・ショート・ヘアの純血種がいるわけではないのですけれど~(^-^)

  私のところには、それもどき?のセレヴィ(6/27の記事に登場)という名前の猫がいます。

  セレヴィとの出会いはかなり劇的なものでした。

  それは4年前の8月、大学病院に行こうと朝8時前に家を出たある日のことでした。家から数十メートルほど歩いたところに、かわいらしい子ネコがいました。

  私を見ても逃げないどころか、「あらあなた、どうしたの?」としゃがんだ私のスカートの中にもぐりこんで来ました。あまりの人なつこさに、(首輪はないけれど飼い猫なのだろう)と安心し、私は歩き出しました。…が、ついてくるのです!振り切ろうと早足になっても、追いかけるようについてきます。困りました…。車通りまでついて来てしまったら危ないので、抱き上げて道を戻りました。

(このまま飼ってしまおうかな…)という迷いがおこりました。どうにかすれば飼えない環境ではありませんでした。ただ、その日はどうしても病院に行かねばならず、どこかの飼い猫かもしれないネコをいきなり自分の部屋にしまい込み?、そのまま長時間出かけることにはためらいがありました。

  仕方なく、安全と思える道まで戻ったところで、ネコをおろし、立ち去ろうとしました。…が!やはりついて来ます。時計も気になり、もうどうしてよいのかわからず、また抱き上げ、とうとう家まで戻りました。子ネコは外におろし、中に入り、お皿に牛乳を入れて戻り、車の通らない場所に牛乳を置きました。待っていた子ネコがぴちゃぴちゃと美味しそうになめ始めたのを見定めて、そーっとその場を離れ、病院に急ぎました。

  病院にいる間も、車にひかれてやしないか、私のことを探してやしないかと、その子ネコのことがずっと気になっていました。帰った時にもしもまだいたら、その時は飼おう!と心に決めました。

  ところが、当然ながら、帰宅した時ネコの姿はありませんでした。牛乳はなくなっていましたが、暑さで干上がったのか、ネコがなめつくしたのか、わかりませんでした。そう遠くへは行っていないはずと思い、歩きで、自転車で、公園や駐車場のような場所をあてもなく探して回りましたが、見つかりませんでした。

  よりによって用事のあるこんな日に見つけてしまったことを恨めしく思いました。ですが、そもそもあの時間(8時前という、夜型の私にとっては早朝!)にあの場所を通ったのは、大学病院に行く!という用事があったからなわけで……。その皮肉なめぐり合わせへのなんともやりきれない思いを抱えながら、子ネコ探しをあきらめ、夕方には家に戻りました。

  それから10分とたたないうちに、ドアのチャイムが鳴りました。

「このネコ、お宅のでしょうか。」という声に飛び出しました。ドアの外には、作業服を着た男性が3人ほど、そのうちのお1人が子ネコを抱えています。間違いなく朝のネコです!お話によると、その方々は近所の小学校で夏休み中の工事をなさっている作業員のみなさんだとか。そのネコは朝から夕方までずっと校庭にいたそうです。5時に作業を終えて帰ろうとしているところだが、ずいぶんと人なつこいネコなので、もしやこの辺の飼い猫が迷子(迷ネコ?)にでもなったのではと、1軒1軒尋ねて回っているのだ、というのです。一日中炎天下の作業の後でさぞやお疲れでしょうに…なんて優しいみなさん…!

「はい!わたしのです~!よかったあ~!ありがとうございますー!!」と思わず答え、子ネコを受け取り、思いもがけない再会に涙、、、涙、、、(T△T)

  それが、セレヴィとの出会いです。

  獣医さんの「オス。推定、生後2ケ月。」の診断を受け、誕生日は6月10日の時の記念日に“設定”しました。名前は、その夏にテレビでよく宣伝していたアニメ映画の「妖精ポケモン」の名前からとりました。だって…妖精みたいにかわいかったんですよ…その頃は…(^▽^;)あははは。。。あ゛、もちろん今もです❤

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2005年7月 4日 (月)

★☆★July 4th★☆★

  アメリカ独立から200年の年、私は小学生でした。大きな時事的ニュースの一つとして、「7月4日はアメリカの独立記念日」と学習したものでした。

それから約20年後、ニューヨークでその日の賑わいを感じることになろうとは…。

  私にとってのJuly4thの最大の関心事は、「イーストリバーの花火をどこでみるか!」でした。

私は、マンハッタンの東側に沿って浮かぶルーズベルト島という細長い島に住んでいましたので、川べりに出て行きさえすれば花火は見ることができました。

ある年は花火に少しでも近くと、島の南側へと進み、川岸でもみくちゃになりながら花火に歓声を上げました。

またある年には、普段は立ち入り禁止の、自分の住んでいるマンション(現地では“アパートメント”)の屋上が、その夜ばかりは開放されることを知り、そこでうっとりと満喫しました。

  ニューヨーク生活中、人に頼まれていくつか歌のための詞を作ったことがあります。ある時、「ニューヨークでの生活実感のあふれた“演歌”を!」とのプロジェクトで、『マンハッタン音頭』なるものを作詞しました。(あれはその後どうなったんだろう…)

その中に、

♪July4thの花火に負けるな あでやかに咲け マンハッタンだよ 夢の都にいるんだよ♪

なーんて照れくさい一節がありますが、

それはまさに、

ニューヨーク生活がいつか終わってしまうことを確信しながら、この日のこの光景を心に焼き付けておこうと、花火を見上げていた私の実感そのものでした。

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2005年7月 3日 (日)

トギセNサンカ

ポスターにその気にさせられ!?、金ラメの着物は手に入らないまでも、(蚊に刺されないように)ステップ踏み踏み、投票に行ってきましたよ~。

今日の日をきっかけに、カテゴリーに「音楽」が増えました。…って、どーゆーきっかけなんだか\(^o\)(/o^)/

どさくさまぎれに、ここに住み着いた猫もいます。つっついて遊んでやってください♪

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2005年7月 2日 (土)

半夏生

夏至から数えて11日めの、「半夏生(はんげしょう)」。今年の暦では今日みたいですね。

……

ということは、夏至にスタートしたこのブログも、なんとか11日目?

Hangeshou

半夏生の花(写真撮影:青木繁伸氏(群馬県前橋市))です。

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2005年7月 1日 (金)

「夏~は~

~来ぬ~♪」と歌いたくなる気分には程遠い、じめじめとした今日この頃です。卯の花だの、ほととぎすだの、と爽やかに歌い上げるこの歌は、やはり5月あたりに歌っておくべき?歌ですね。

日本人は季節を先取りすることに長けた民族なのでしょうが、いったん夏の兆しを愛でた後、じっと梅雨をしのぐこととなります。

来る日も来る日も空気がぐっしょり濡れています。。。でも、この湿気こそがオハダニヨイノダと言い聞かせながら。。。耐えています。。。

そんな中!有無を言わせず?!

7月の到来です!!

山が、海が、呼んでいます\(^○^)/

心に青空、冷蔵庫に麦茶、なんのこっ茶です。

麦茶といえば、小さい頃、祖父に麦茶を出すのはひと苦労でした。祖父は麦茶を甘くして飲むのが好きでしたので、仕事場の倉庫から「麦茶ー!」とひと声“所望”されると、砂糖を入れて出さねばなりませんでした。当時はガムシロップのような洒落たものはうちにはありませんでしたから、冷蔵庫の麦茶をグラスに注いで、砂糖を入れてかきまぜて、冷たい麦茶に完全に溶かすのは、幼い子どもにとってはなかなかの大仕事でした。

そういえば、明治生まれの祖父は、いろいろな場所からいろいろなものを、よく大威張り(笑)で“所望”しました。

お風呂場からは「おシャボンー!」って叫ぶことがありましたね~。石鹸のことなんですけれどね、モダンというのかハイカラというのか、あれはなんだったのでしょう~??

そうそう、「夏は来ぬ~♪」の「来ぬ」を「絹」にひっかけた“おシャボン”の宣伝があったのを覚えておいでですか?

あはは(^▽^)歳がばれちゃいますかねっ!

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